葉隠 / 聞書第十一
用心の座敷の事。肴など取り候時、主君の御前は格別、其の外にては左を出すべし。用心の時、右を嗜むべく候なり。
書き下し
用心の座敷の事。肴(さかな)など取り候(そうろう)時、主君の御前(ごぜん)は格別、その外にては左を出すべし。用心の時、右を嗜(たしな)むべく候なり。
現代語訳
用心すべき酒席での作法について。肴などを取るとき、主君の御前は格別として、それ以外の席では左手を出すべきである。いざというときの用心のため、右手は慎んで空けておくべきなのである。
解説
酒宴の席でも油断せず、刀を抜く右手を常に自由にしておけ、という武士の用心を説いた条です。肴を取るような何気ない動作でも左手を使い、右手は不意の事態に備えて空けておく。日常のふるまいの一つひとつに危機への備えを織り込む、武士の徹底した心構えがうかがえます。教訓の核は「平時にこそ油断しない」という点にあります。現代に刀を抜く場面はありませんが、平穏なときほど備えを怠らず、いざというときに動ける余裕を残しておく姿勢は、仕事や暮らしのリスク管理に通じます。細部の習慣が有事の明暗を分けるという、用心の思想を伝える一条です。
この章句が説くこと
葉隠用心酒席の作法油断しない右手を空ける武士道
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