葉隠 / 聞書第十一
見懸利發に見え候者は、よき事をしても目に立たず、人並の事にては不足の樣に諸人存じ候。打見たる所、溫和なる者は、少しふりよき事候へば、諸人褒美仕り候事。
新字:見懸利発に見え候者は、よき事をしても目に立たず、人並の事にては不足の様に諸人存じ候。打見たる所、温和なる者は、少しふりよき事候へば、諸人褒美仕り候事。
書き下し
見懸利発に見え候者は、よき事をしても目に立たず、人並の事にては不足の様に諸人(しょにん)存じ候。打見(うちみ)たる所、温和なる者は、少しふり(振り)よき事候へば、諸人褒美(ほうび)仕り候事。
現代語訳
見るからに利発そうな者は、よい行いをしても目立たない。逆に温和な者は褒められる。いかにも賢そうに見える者は、よいことをしても人目に立たず、人並みの行いでは物足りないと皆に思われてしまう。一方、見た目が温和な者は、少しでも見どころのあることをすれば、皆から褒められるものだ。
解説
人の評価が、その人の見た目や第一印象に大きく左右されるという、人間観察の鋭い一条です。賢そうに見える人は周囲の期待値が高くなるため、よい行いをしても当然と受け取られ、なかなか評価されません。逆に温和で控えめに見える人は期待値が低い分、少しよいことをするだけで際立って褒められます。これは「期待値と実際のギャップが評価を生む」という、現代の心理にも通じる普遍的な洞察です。裏を返せば、見た目の印象で得も損もするのが人の世であり、他人を評価する側は第一印象に引きずられていないか、自らを省みる必要があるという戒めとも読めます。処世の機微を突いた教えです。
この章句が説くこと
葉隠第一印象期待値人物評価処世温和
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