葉隠 / 聞書第一
盛衰を以て、人の善惡は、沙汰されぬ事なり。盛衰は天然の事、善惡は人の道なり。されど、教訓の爲には、盛衰を以て云ふなり。
新字:盛衰を以て、人の善悪は、沙汰されぬ事なり。盛衰は天然の事、善悪は人の道なり。されど、教訓の為には、盛衰を以て云ふなり。
書き下し
盛衰(せいすい)を以て、人の善悪は、沙汰(さた)されぬ事なり。盛衰は天然(てんねん)の事、善悪は人の道なり。されど、教訓の為には、盛衰を以て云うなり。
現代語訳
栄えたか衰えたかという結果で、その人の善し悪しを論じることはできない。盛衰は自然のなりゆきであり、善悪はあくまで人としての道の問題だ。とはいえ、教訓として説くためには、盛衰を引き合いに出して語るのである。
解説
結果の成否と人格の善悪を切り分けて考える、という一節です。栄えたから善人、衰えたから悪人、とは言えない。盛衰は天のなりゆき、運不運に左右される部分が大きく、善悪はあくまで人の生き方の問題だ、と区別します。一方で、人を教え導くうえでは「善く生きれば栄える」といった形で盛衰を引いて語ると分かりやすい、とも認めます。結果だけで人を評価しない冷静さと、教訓としての物語の効用を、両方見据えたバランスある見方です。現代でも、成功者を無条件に称え、失敗者を人格ごと否定する風潮はあります。成否と人間の値打ちは別だという視点は、他人を測るときにも、自分の浮き沈みを受け止めるときにも支えになるでしょう。
この章句が説くこと
成否と人格結果主義への戒め運と徳評価の公平さ天命人の道
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