葉隠 / 聞書第十一
若殿様御器量御旗本も御褒め候へば、諸人褒め立て、御大名御旗本も御褒め、御出入の衆中、殿へ追從にも褒め申し候故、多分中隔り出來申し候。若殿は隨分引取り、善惡の沙汰なき樣に、入めなるが順熟にて、家長久の基にて候事。
新字:若殿様御器量御旗本も御褒め候へば、諸人褒め立て、御大名御旗本も御褒め、御出入の衆中、殿へ追従にも褒め申し候故、多分中隔り出来申し候。若殿は随分引取り、善悪の沙汰なき様に、入めなるが順熟にて、家長久の基にて候事。
書き下し
若殿様御器量(ごきりょう)御旗本(おはたもと)も御褒め候えば、諸人褒め立て、御大名御旗本も御褒め、御出入(おでいり)の衆中(しゅうちゅう)、殿へ追従(ついしょう)にも褒め申し候故、多分中隔(なかへだ)たり出来申し候。若殿は随分引き取り、善悪の沙汰なき様に、入(い)りめなるが順熟(じゅんじゅく)にて、家長久(いえちょうきゅう)の基にて候事。
現代語訳
殿の御前であまり若殿を褒めない方がよい。褒めすぎると御父子の間に隔たりが生じる。若殿の器量を旗本たちが褒めれば、多くの者が褒めそやし、大名や旗本も褒め、出入りの者たちが殿への追従のつもりで褒めるものだから、たいてい父子の仲に隔たりができてしまう。若殿についてはできるだけ控えめに扱い、善し悪しをとやかく取り沙汰しないようにして、目立たぬくらいがちょうど穏やかで、家が長く続く基となるのである。
解説
跡継ぎの若殿を人前で褒めすぎると、かえって父子の間に溝が生まれる、と説いた条です。周囲が競って若殿を持ち上げれば、当主である殿の心中に複雑な思いが生じ、親子の関係がぎくしゃくしかねない。だからこそ若殿は控えめに扱い、目立たせすぎないほうが家の安泰につながる、というのです。教訓の核は、称賛や評価が人間関係の均衡を崩しうるという洞察にあります。現代でも、組織で次期リーダーや後継者を持ち上げすぎると、現任者との間に緊張が生じることがあります。誰かを褒めることが必ずしも当人や周囲のためにならない、という配慮の機微を教える一条です。
この章句が説くこと
葉隠若殿褒めすぎ父子の隔たり後継者処世
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