葉隠 / 聞書第十一
本多豐前守殿、松平伊豆守殿へ判形物差出され、挨拶に、「御慰みに是に御判成され候樣に。」と申され候へば、「慰みにならば成し申すまじ。」と申し座を立たれ候。豐前守高齡に、「公方樣御用にて候。判形成さるまじきか。」と、屹と申され候故、立返り判形召され候由。
新字:本多豊前守殿、松平伊豆守殿へ判形物差出され、挨拶に、「御慰みに是に御判成され候様に。」と申され候へば、「慰みにならば成し申すまじ。」と申し座を立たれ候。豊前守高齢に、「公方様御用にて候。判形成さるまじきか。」と、屹と申され候故、立返り判形召され候由。
書き下し
本多豐前守(ぶぜんのかみ)殿、松平伊豆守(いずのかみ)殿へ判形物(はんぎょうもの)差出され、挨拶に、「御慰(おなぐさ)みに是に御判成され候樣に。」と申され候へば、「慰みにならば成し申すまじ。」と申し座を立たれ候。豐前守高齡に、「公方樣(くぼうさま)御用にて候。判形成さるまじきか。」と、屹(きっ)と申され候故、立返(たちかえ)り判形召され候由。
現代語訳
本多豊前守殿が松平伊豆守殿へ署名を要する書類を差し出し、挨拶に「お慰みに、これにご署名くださいますよう」と言われた。すると伊豆守は「慰みでするのなら署名はいたさぬ」と言って席を立たれた。そこで高齢の豊前守が「これは公方様(将軍)のご用でございます。ご署名なさらぬおつもりか」ときっぱりと言われたので、伊豆守は引き返して署名なさったという。
解説
「お慰みに」という軽い挨拶に対し、松平伊豆守が「遊び半分でするなら署名しない」と席を立った逸話です。公文書への署名は将軍の政務にかかわる重い行為であり、それを座興のように扱われては応じられぬ、という筋の通し方を示します。一方、豊前守が「これは公務です」と正面から言い直すと、伊豆守はただちに引き返して署名した。ここには、公と私、遊びと務めをはっきり区別する厳格さがあります。現代でも、仕事の重みを軽んじる態度には毅然と応じ、正式な依頼には即座に応じる、という筋目の立て方は学ぶべき所作といえます。言葉の作法が務めの重さを映すことを教える一条です。
この章句が説くこと
葉隠松平伊豆守公私の区別筋を通す公務の重み毅然
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