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葉隠 / 聞書第一

その人の恥にならぬ樣に、その場をよき樣にするが侍の仕事。御祝言御道具詮議の時分、何某殿御申し候は、「琴三絃、其の書附に相見えず候。」と申されたるなり。翌日申され候は、「あらかに申して差留め候。極上に二通宛と書附け候へ。」と申され候由。話す人あり。「御道具なくても事足らぬものなり。これは、氣味のよき人かな。」と申し候へば、「いやいや夫れがよからぬ所存なり。皆我が威勢立の申分なり。大かた他方者にある事なり。道を知る者ならば、たとへ、いらぬに極りたるものにても、御尤に存じ奉り候。」となり。さりながら、それは追つて吟味仕るべしなどと申して、その人の恥にならぬ樣に、その場をよき樣にするこそ侍の仕事にて候。

新字:その人の恥にならぬ様に、その場をよき様にするが侍の仕事。御祝言御道具詮議の時分、何某殿御申し候は、「琴三絃、其の書附に相見えず候。」と申されたるなり。翌日申され候は、「あらかに申して差留め候。極上に二通宛と書附け候へ。」と申され候由。話す人あり。「御道具なくても事足らぬものなり。これは、気味のよき人かな。」と申し候へば、「いやいや夫れがよからぬ所存なり。皆我が威勢立の申分なり。大かた他方者にある事なり。道を知る者ならば、たとへ、いらぬに極りたるものにても、御尤に存じ奉り候。」となり。さりながら、それは追つて吟味仕るべしなどと申して、その人の恥にならぬ様に、その場をよき様にするこそ侍の仕事にて候。

書き下し

その人の恥にならぬように、その場をよいように取りなすのが侍の仕事である。御祝言の御道具の詮議(せんぎ)の時分、何某(なにがし)殿が仰せられたのは、「琴・三絃(さんげん)が、その書付(かきつけ)に見えません」ということであった。翌日仰せられたのは、「あらかたを申して差し止めた。極上のものを二通(とおり)ずつと書き付けよ」とのことであったという。ある人が話して、「御道具がなくても事は足りるものだ。これは気味(きみ)のよい人であるよ」と申したところ、「いやいや、それがよからぬ所存(しょぞん)である。すべて我が威勢立(いせいだ)ての言い分だ。おおかた他方者(たほうもの)にある事である。道を知る者ならば、たとえ不要と決まっているものであっても、御尤(ごもっと)もと存じ奉る」とのこと。さりながら、それは追って吟味いたしましょうなどと申して、その人の恥にならぬように、その場をよいように取りなすことこそ侍の仕事である。しかも入(い)るべき物ゆえ、翌日は書き汚(きた)なく麁相(そそう)の心入れで、当座に貴人に恥をかかせ、何の詮(せん)もなく、汚なく麁相の心入れである。

現代語訳

その人に恥をかかせず、その場をうまく収めるのが侍の務めである。あるお祝いの道具を吟味していたとき、ある人が「琴と三味線が目録に載っていません」と指摘した。翌日には「おおよそを申し立てて止めておいた。上等なものを二通りずつと書き付けておけ」と言った。これを聞いたある人が「その道具がなくても事は足りるのに、はっきり物を言う気持ちのよい人だ」とほめると、別の者が言った。「いや、それはよくない心得だ。すべて自分の威勢を張るための言い分にすぎない。たいていよそ者にありがちなことだ。本当に道理を知る者なら、たとえ不要と分かっていても、まず『ごもっともです』と受け、後で吟味しましょうと言って、相手に恥をかかせずその場を収める。それこそ侍の仕事だ。必要な物なら翌日きちんと書き足せばよいのに、その場で貴人に恥をかかせるのは、何の意味もない粗末な心得である。」

解説

正しい指摘であっても、人前で相手に恥をかかせるやり方は侍の作法ではない、と説く一条です。目録の不備を鋭く言い立てた人を「気持ちがよい」とほめる声に対し、常朝はそれを「自分の威勢を張りたいだけ」と退けます。武士のあるべき態度は、まず相手の顔を立てて「ごもっとも」と受け、不足があれば後日そっと補う配慮にあると言います。葉隠が重んじる主従の情や場の和は、正論そのものより、正論をどう届けるかにこそ現れるのです。現代の職場でも、指摘の中身が正しくても言い方一つで信頼を損ないます。人前で追い詰めず、いったん受けて後で直す。角を立てずに事を整える成熟が、ここに示されています。

この章句が説くこと

面目を保つ場を収める配慮正論の伝え方恥をかかせない武士の作法

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