葉隠 / 聞書第十一
久しく御部屋住に御座成され候へば、御逃懷の事有るべき儀に候。
新字:久しく御部屋住に御座成され候へば、御逃懐の事有るべき儀に候。
書き下し
久しく御部屋住に御座(ござ)成され候えば、御逃懐の事有るべき儀に候。
現代語訳
世継ぎのお子が遅く生まれるのも悪くない、部屋住み(家督を継ぐ前の控えの立場)が長ければ、世をよく知る思慮も身につくものだ。長く部屋住みの境遇におられれば、世情に通じた深い思慮が備わるはずである。
解説
跡取りが早く生まれ、順調に家を継ぐことばかりが良いとは限らない、と説く一条です。部屋住みとは、家督を継ぐ前の控えの立場で、権限もなく我慢を強いられる境遇です。しかしその長い下積みの期間こそ、世の中の裏表や人情の機微を学ぶ貴重な時間になる、というのです。すぐに頂点に立つ者は苦労を知らず、思慮も浅くなりがちだという洞察がここにあります。現代でも、早くから恵まれた立場に就く人より、下積みや不遇の時期を長く経た人の方が、深みと配慮を備えることは少なくありません。回り道や待たされる時間を、力を蓄える機会と捉える視点を与えてくれる言葉です。
この章句が説くこと
葉隠部屋住み下積み思慮不遇忍耐
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