葉隠 / 聞書第十一
使者に行き、口上相違の時、迷惑仕るまじく候。苦しからざる事に候。後に、不手爾藥の時、人の云違にする事も有るなり。
新字:使者に行き、口上相違の時、迷惑仕るまじく候。苦しからざる事に候。後に、不手爾薬の時、人の云違にする事も有るなり。
書き下し
使者に行き、口上相違(そうい)の時、迷惑仕(つかまつ)るまじく候。苦しからざる事に候。後に、不手爾薬(ふてぎわ)の時、人の云違(いいちがい)にする事も有るなり。
現代語訳
使者に立って口上を言い間違えても、くよくよ思い悩むな。帰ってからそのことを他人に言いふらすな。使者として口上を間違えたとき、うろたえて困惑してはならない。たいしたことではないのだ。後になって手違いや不都合が生じたとき、あの者の言い間違いのせいだと人のせいにされることもあるからだ。
解説
使者としての務めで口上を言い間違えても、動揺せず、そのことを軽々しく他言するな、と説いた条です。過ちそのものより、それを気に病んで取り乱したり、あちこちで言いふらしたりする方が問題を大きくする、という教えです。自分から失敗を言い広めれば、後で何か不都合が起きたときに、あの言い間違いのせいだと責任を負わされかねない。落ち着いて構え、余計な言葉を慎むことが身を守る、という処世の知恵です。現代でも、小さなミスを過剰に気にして周囲に漏らすより、冷静に受け止めて必要な対処だけをする方が賢明な場面は多い。失敗との向き合い方と、口の慎みを教える一条です。
この章句が説くこと
葉隠使者口上の間違い失敗との向き合い方口の慎み処世
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