葉隠 / 聞書第一
「過つて改むるに憚る事なかれ。」といへり。少しも猶豫なく改むれば、誤り忽ち滅するなり。誤を紛らかさんなどとする時、猶々見苦しく、くるしみあり。禁句などを言出した時、手取早く其の趣をいへば、禁句少しも殘らず、心屈せざるなり。若し又咎むる人ならば、「誤つて申し出で候。」その謂はれを申し披き候に、御聞分無くば力に及ばず候。存じ當らず候て申し候へば、誰か上をも沙汰は致すまじきと思ひ、我が胸に合はぬ事に候。」と云ひて覺悟すべし。さてこそ、人ごと隱し事、ふつと云ふべからず。又一座をはかりて、一言も云ふべき事なり。
新字:「過つて改むるに憚る事なかれ。」といへり。少しも猶予なく改むれば、誤り忽ち滅するなり。誤を紛らかさんなどとする時、猶々見苦しく、くるしみあり。禁句などを言出した時、手取早く其の趣をいへば、禁句少しも残らず、心屈せざるなり。若し又咎むる人ならば、「誤つて申し出で候。」その謂はれを申し披き候に、御聞分無くば力に及ばず候。存じ当らず候て申し候へば、誰か上をも沙汰は致すまじきと思ひ、我が胸に合はぬ事に候。」と云ひて覚悟すべし。さてこそ、人ごと隠し事、ふつと云ふべからず。又一座をはかりて、一言も云ふべき事なり。
書き下し
「過(あやま)つて改(あらた)むるに憚(はばか)る事なかれ。」といへり。少しも猶予(ゆうよ)なく改むれば、誤り忽(たちま)ち滅するなり。誤を紛(まぎ)らかさんなどとする時、なおなお見苦しく、苦しみあり。禁句などを言い出した時、手取り早くその趣(おもむき)をいえば、禁句少しも残らず、心屈(くっ)せざるなり。もしまた咎(とが)むる人ならば、「誤つて申し出で候。その謂(いわ)れを申し披(ひら)き候に、御聞き分けなくば力に及ばず候。存じ当らず候て申し候えば、誰か上をも沙汰は致すまじきと思い、我が胸に合わぬ事に候。」と云いて覚悟すべし。さてこそ、人ごとに隠し事を、ふつと云うべからず。また一座をはかりて、一言(ひとこと)も云うべき事なり。
現代語訳
「過ちを改めるのにためらってはならない」と古人は言った。少しもぐずぐずせず改めれば、過ちはたちまち消える。過ちをごまかそうとすると、かえって見苦しく、苦しみが残る。うっかり失言をしたときも、すぐにその真意を言えば、失言は少しも尾を引かず、気持ちも滞らない。もし咎める人がいれば、「言い間違えました。そのわけを申し上げますが、お聞き入れいただけなければ仕方ありません。うっかり気づかずに申したまでで、まさか目上のことをとやかく言うつもりはなく、本心ではありません」と言って腹を据えればよい。だからこそ、人には隠し事をふっと漏らしてはならない。座の雰囲気をよく見計らって、ひと言も慎重に発するべきである。
解説
この章句が説くこと
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葉隠・聞書第一古人(こじん)の覚悟は深き事なり。十三以上六十以下出陣と云う事あり。それ故に、古老(ころう)は年をかくすといえり。
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葉隠・聞書第一途中にて俄雨(にわかあめ)にあいて、濡れじとて道を急ぎ走り、軒下(のきした)などを通りても、濡るる濡るる事は替わらざるなり。初めより思いはまりて濡るる濡るる時、心に苦しみなく濡るる濡るる事は同じ。これ万(よろ)づにわたる心得なり。
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論語・憲問篇子曰く、『士にして居を懐(おも)えば、以て士と為すに足らず。』
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葉隠・聞書第一何某(なにがし)申し候は、「しおがれ浪人などと云うは、難儀千万(なんぎせんばん)この上なき様に皆人思うて、その期(ご)には殊(こと)の外(ほか)しおがれ草臥(くたび)るる事なり。浪人して後(のち)は左程(さほど)にはなきものなり。今一度(いまいちど)浪人仕(つかまつ)りたし。」と云う。もっともの事なり。死の道も、平生(へいぜい)に死習(しになら)うては、心安(こころやす)く死ぬべき事なり。奉公人の打留(うちどめ)は浪人切腹(せっぷく)に極(きわ)まりたると、兼ねて覚悟すべきなり。災難は前方(ぜんぽう)了簡(りょうけん)したる程には無きものなるを、先を量(はか)つて苦しむは愚かなる事なり。
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葉隠・聞書第一打返しの仕様(しよう)は、踏懸けて切り殺さるるまでなり。これにて恥(はじ)にならぬなり。仕果(しは)たすべしと思ふゆゑ、間(ま)に合はず。向(むこう)は大勢(おおぜい)などと云ひて時を移し、しまり止(どめ)になる相談に極(きわ)まるなり。相手何千人もあれ、片端(かたはし)より撫切(なでぎ)りと思ひ定めて、立ち向ふまでにて成就(じょうじゅ)なり。多分(たぶん)仕(し)済ますものなり。又(また)浅野殿(あさのどの)浪人(ろうにん)夜討(ようち)も、泉岳寺(せんがくじ)にて腹切らぬが落度(おちど)なり。又主(しゅ)を討たせて、敵(かたき)を討つ事延び延びなり。若(も)し、その内に吉良殿(きらどの)病死の時は残念千万なり。上方衆(かみがたしゅう)は智慧(ちえ)かしこきゆゑ、褒めらるる仕様は上手(じょうず)なれども、長崎喧嘩(ながさきけんか)の様に無分別(むふんべつ)にする事はならぬなり。又曾我殿(そがどの)夜討も殊(こと)の外(ほか)の延引(えんいん)。幕(まく)の紋(もん)見物(けんぶつ)の時、祐成(すけなり)図(ず)をはづしたり。不運の事なり。五郎(ごろう)申し様(よう)見事なり。総(そう)じてかやうの批判(ひはん)はせぬものなれども、これも武道(ぶどう)の吟味(ぎんみ)なれば申すなり。前方(ぜんぽう)に吟味して置かねば、行(ゆ)き当りて分別(ふんべつ)出来(でき)合はぬゆゑ、おおかた恥になり候。話を聞き覚え、物の本を見るも、かねての覚悟のためなり。就中(なかんずく)、武道は今日の事も知らずと思ひて、日々夜々(ひびよよ)に箇条(かじょう)を立てて吟味すべき事なり。時の行掛(ゆきがか)りにて勝負はあるべし。恥をかかぬ仕様は別(べつ)なり。死ぬまでなり。これには智慧も業(わざ)も入らぬなり。死ぬまでといふは勝負を考へず、無二無三(むにむざん)に死狂(しにぐる)ひするばかりなり。これにて夢(ゆめ)覚むるなり。
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説苑・立節越甲斉に至る。雍門子狄之に死せんことを請う。斉王曰わく、「鼓鐸の声未だ聞かず、矢石未だ交えず、長兵未だ接せず、子何ぞ死を務むるや。人臣為るの礼か」と。雍門子狄対えて曰わく、「臣之を聞く、昔者王囿に田す。左轂鳴りて、車右之に死せんことを請う。而して王曰わく、『子何為れぞ死せんとするや』と。車右対えて曰わく、『其の吾が君に鳴りしが為なり』と。王曰わく、『左轂の鳴るは工師の罪なり。子何の事か之有らんや』と。車右曰わく、『臣工師の乗るを見ずして、其の吾が君に鳴るを見るなり』と。遂に頸を刎ねて死す。之有るを知るか」と。斉王曰わく、「之有り」と。雍門子狄曰わく、「今越甲至る、其の吾が君に鳴るや、豈に左轂の下ならんや。車右左轂を以て死す可くして、臣独り越甲を以て死す可からざらんや」と。遂に頸を刎ねて死す。是の日越人甲を引きて七十里を退きて曰わく、「斉王臣有り、鈞しく雍門子狄の如くんば、越の社稷をして血食せざらしめんと擬す」と。遂に甲を引きて帰る。斉王雍門子狄を葬るに上卿の礼を以てす。