葉隠 / 聞書第十一
後悔の事。後悔ほど苦しきものはなし。我人後悔なき様ありたきものなり。されど我が身の仕合はせよく、乘氣さし、又常にも、うかと氣乘りして氣ぬけ候時は、多分先を顧みずして行き當り、後悔するものなり。よく〳〵氣をぬかさず、仕合はせよき時分、氣をしづめ申すべき事なり。
新字:後悔の事。後悔ほど苦しきものはなし。我人後悔なき様ありたきものなり。されど我が身の仕合はせよく、乗気さし、又常にも、うかと気乗りして気ぬけ候時は、多分先を顧みずして行き当り、後悔するものなり。よく〳〵気をぬかさず、仕合はせよき時分、気をしづめ申すべき事なり。
書き下し
後悔の事。後悔ほど苦しきものはなし。我人(われひと)後悔なき様(さま)ありたきものなり。されど我が身の仕合(しあわ)せよく、乗気(のりき)さし、又常にも、うかと気乗りして気ぬけ候時は、多分先を顧みずして行き当り、後悔するものなり。よくよく気をぬかさず、仕合せよき時分、気をしずめ申すべき事なり。
現代語訳
後悔について。後悔ほど苦しいものはない。誰しも後悔のないようにありたいものだ。しかし自分の運が良く、調子に乗っているとき、また平生でもうっかり気分に乗って気が抜けているときは、たいてい先のことを顧みずに突き当たり、後で後悔するものだ。よくよく気を緩めず、うまくいっているときこそ、心を静めておくべきである。
解説
後悔ほど苦しいものはない、だからこそ後悔を生まない心構えを説く一条です。興味深いのは、後悔が生まれやすいのは失敗や不運のときではなく、むしろ「運が良く調子に乗っているとき」だと見抜いている点です。順調なときほど油断して先を顧みず、思わぬ壁に突き当たる。だから好調なときこそ心を静め、気を引き締めよ、というのです。人は逆境では慎重になれても、順境では気が緩むもの。成功や幸運の只中にある人ほど足をすくわれやすいという洞察は、現代の仕事や人生にもそのまま当てはまります。得意の絶頂こそ冷静さを保て、という普遍的な自戒の言葉です。
この章句が説くこと
葉隠後悔油断順境自戒冷静
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