葉隠 / 聞書第十一
萬能一心、武士たる者は、生死を離るゝべき事。生死を離れねば何事も役に立たず。心と云ふも、有心のやうに聞ゆれども、實は生死を離れたることとなり。その上にて、如何様の手柄もさるゝものなり。藝能などは道に引入るゝ縁近なり。
新字:万能一心、武士たる者は、生死を離るゝべき事。生死を離れねば何事も役に立たず。心と云ふも、有心のやうに聞ゆれども、実は生死を離れたることとなり。その上にて、如何様の手柄もさるゝものなり。芸能などは道に引入るゝ縁近なり。
書き下し
万能一心、武士たる者は、生死を離るべき事。生死を離れねば何事も役に立たず。心と云うも、有心(うしん)のように聞こゆれども、実は生死を離れたることとなり。その上にて、如何様(いかよう)の手柄もさるるものなり。芸能などは道に引き入るる縁近(えんちか)なり。
現代語訳
あらゆる働きはただ一つの心に帰する。武士たる者は、生死の念を離れなければ何事も役に立たない。武士は生死を超越すべきである。生死を離れなければ、どんなことも用をなさない。「心」というと、何か思いのようなものに聞こえるが、実はその心とは生死を離れきった境地のことなのだ。その境地の上に立ってこそ、どんな手柄も成し遂げられる。武芸や芸能などは、その道へ入っていく身近なきっかけとなる。
解説
武士のあらゆる働きは、生死を超えた一つの澄んだ心から生まれる、と説く条です。生きたい死にたくないという執着が残っていては、いざというとき体も心も自由に動かない。生死への迷いを断ち切った境地にこそ、真の力が宿るというのです。ここでいう「心」とは、思い悩む心ではなく、むしろ思いを離れきった無心の状態を指します。芸能や武芸の稽古は、その境地に近づく入り口になるとも述べています。これは死を覚悟することで迷いから自由になるという『葉隠』の中心思想の一つですが、命を賭ける前提は現代の価値観とは隔たります。とらわれを手放すことでかえって力を発揮できる、という核心を現代の心得として受け取りたい一条です。
この章句が説くこと
葉隠万能一心生死を離れる無心とらわれを手放す武士道
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