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葉隠 / 聞書第十一

中野神右衞門物語の事。一、一代、夜も寢ずにかせぐべし。其の時漸く人並に有るべし。一、神右衞門、身内に手疵十七ヶ所なり。一、神右衞門、三夜夢中に、黑髮山不動より錢がめを下され候。御禮に參詣致し、「子孫繁昌御守り下され候様に、錢がめは返上仕り候。」と申上げ候事。一、高麗にて漢南人際限なく打出で、其の間一町程に見え、何れも肝を潰し候。直茂公、「あの勢は幾萬騎と云ふものなるべきや。」と仰せられ候へども、物申す者これ無く、神右衞門、「日本にて三歳牛の毛の數と申すが、あれにて候はん。」と申上げ候由。

新字:中野神右衞門物語の事。一、一代、夜も寝ずにかせぐべし。其の時漸く人並に有るべし。一、神右衞門、身内に手疵十七ヶ所なり。一、神右衞門、三夜夢中に、黒髪山不動より銭がめを下され候。御礼に参詣致し、「子孫繁昌御守り下され候様に、銭がめは返上仕り候。」と申上げ候事。一、高麗にて漢南人際限なく打出で、其の間一町程に見え、何れも肝を潰し候。直茂公、「あの勢は幾万騎と云ふものなるべきや。」と仰せられ候へども、物申す者これ無く、神右衞門、「日本にて三歳牛の毛の数と申すが、あれにて候はん。」と申上げ候由。

書き下し

中野神右衛門(なかのじんえもん)物語の事。一、一代(いちだい)、夜も寝ずにかせぐべし。其の時漸(ようや)く人並(ひとなみ)に有るべし。一、神右衛門、身内(みうち)に手疵(てきず)十七ヶ所なり。一、神右衛門、三夜(さんや)夢中に、黒髪山(くろかみやま)不動より銭(ぜに)がめを下(くだ)され候。御礼に参詣致し、「子孫繁昌(はんじょう)御守り下され候様に、銭がめは返上仕(つかまつ)り候。」と申上げ候事。一、高麗(こうらい)にて漢南人(かんなんじん)際限なく打出(うちい)で、其の間一町(いっちょう)程に見え、何れも肝を潰し候。直茂公(なおしげこう)、「あの勢は幾万騎(いくまんぎ)と云ふものなるべきや。」と仰せられ候へども、物申す者これ無く、神右衛門、「日本にて三歳牛(さんさいうし)の毛の数と申すが、あれにて候はん。」と申上げ候由。

現代語訳

中野神右衛門の物語。一、生涯、夜も寝ずに励め。そうして初めてようやく人並みになれる。一、神右衛門は身体に十七か所もの傷を負っていた。一、神右衛門は三晩続けて夢の中で、黒髪山の不動から銭の入った甕(かめ)を授かった。そのお礼に参詣し、「子孫繁昌をお守りくださいますよう、銭甕はお返し申し上げます」と申し上げたという。一、高麗(朝鮮)の戦で、敵兵が果てしなく繰り出し、一町ほどの間にびっしりと見えて、誰もが肝をつぶした。直茂公が「あの軍勢はいったい何万騎というものだろうか」と仰せになったが、答える者もいない中、神右衛門が「日本で言う三歳牛の毛の数というのが、あれのことでございましょう」と申し上げたという。

解説

鍋島家の勇将・中野神右衛門にまつわる逸話を集めた一条です。冒頭の「一生、夜も寝ずに励んでこそようやく人並みになれる」という言葉が全体を貫く芯で、人並み以上ではなく「人並み」に至るのすら並外れた努力を要する、という厳しい人生観が示されます。身体十七か所の傷跡は言葉ではなく生き様そのものの証です。銭甕を返上する逸話は、目先の富より子孫の繁栄を願う無欲さを、大軍を「三歳牛の毛の数」と喩える一言は、恐怖の中でも失われない機知と胆力を伝えます。努力・無欲・胆力という武士の徳を、一人の人物像を通して立体的に描いた条です。

この章句が説くこと

葉隠中野神右衛門努力無欲胆力機知

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