葉隠 / 聞書第十一
矢違守りの事 名ある强敵の矢に中らうとて進む者には神佛の加護がある。敵の矢向に中るまじと思ふ者には加護なし。雜人ばらの矢に中らず、名ある者の矢向にかゝるべしと思ふ者には、守護願の如くこれある由なり。
新字:矢違守りの事 名ある强敵の矢に中らうとて進む者には神仏の加護がある。敵の矢向に中るまじと思ふ者には加護なし。雑人ばらの矢に中らず、名ある者の矢向にかゝるべしと思ふ者には、守護願の如くこれある由なり。
書き下し
矢違(やちが)い守りの事。名ある強敵(きょうてき)の矢に中(あた)らんとて進む者には神仏の加護がある。敵の矢向(やむき)に中るまじと思う者には加護なし。雑人(ぞうにん)ばらの矢に中らず、名ある者の矢向にかかるべしと思う者には、守護願(しゅごがん)の如くこれある由なり。
現代語訳
矢を避けて身を守ることについて。名のある強敵の矢に当たろうと覚悟して進む者には、神仏の加護がある。逆に、敵の矢筋に当たるまいと逃げ腰になる者には加護がない。取るに足らぬ雑兵の矢になどかかりたくない、当たるなら名のある者の矢筋にかかりたいと願う者には、その守護の願いどおりになるという。
解説
身を守ろうと逃げ腰になる者ほど守られず、堂々と敵に向かって進む者ほど加護を得る、という逆説を説いた条です。恐れて縮こまる心は判断を鈍らせ、かえって危険を招く。覚悟を決めて前へ出る者にこそ運が味方する、という戦場の経験則を「神仏の加護」という言葉で表しています。現代の私たちにとっても、失敗を恐れて及び腰になるほど物事はうまくいかず、腹をくくって臨むほど道が開ける場面は少なくありません。もっとも、これは戦での死を前提とした時代の語りであり、命を賭ける発想そのものは現代の価値観とは隔たりがあります。逃げの心が身を滅ぼすという教訓の核を、現代の挑戦の心構えとして受け取るのがよいでしょう。
この章句が説くこと
葉隠矢違守り覚悟逃げ腰神仏の加護武士道
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