葉隠 / 聞書第二
捨者も仕盡くしたる者にてなければ用に立たず。丈夫窮屈ばかりにては、働なきものなりと。
新字:捨者も仕尽くしたる者にてなければ用に立たず。丈夫窮屈ばかりにては、働なきものなりと。
書き下し
捨者(すてもの)も仕(し)尽くしたる者にてなければ用に立たず。丈夫(じょうぶ)窮屈ばかりにては、働きなきものなりと。
現代語訳
身を捨てる覚悟の者といっても、やるべきことをやり尽くした者でなければ役には立たない。ただ丈夫で堅苦しいばかりでは、働きがないものだ、というのである。
解説
覚悟だけでは足りないことを説いた短い条です。核心は「捨者も仕尽くした者でなければ用に立たぬ」、つまり身を捨てる覚悟があっても、やるべき務めをきちんとやり尽くしてきた者でなければ役には立たない、という点にあります。さらに、ただ頑丈で生真面目に堅苦しくしているだけでは、肝心の働きがないと言い添えます。覚悟や気構えは大切だが、それが日頃の実力と実務の積み重ねに裏打ちされていなければ空回りする、という戒めです。死を語る条ではありますが、勇ましさだけを否定し、地道な実務の裏付けを重んじる現実的な視点が印象的です。現代でも、心構えや根性だけを誇るのではなく、平素からやるべきことをやり尽くしておくことが、いざという時の力になると教えてくれます。
この章句が説くこと
葉隠覚悟実務の裏付け仕尽くす堅苦しさ実力
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