葉隠 / 聞書第二
時代と共に人の器量も下る、一精出せば圖抜けて御用に立つべし。未來記などと云ふも、あまり替りたる事あるまじ。今時御用に立つ衆、十五年過ぐれば一人もなし。今の若手の衆が打つて出ても、半分だけにてもあるまじ。段々下り來り、皆人氣短か故に、大事をなさず仕損ずる事あり。何時迄もゝとさへ思へば、しかも早く成るものなり。時節がより來るものなり。今十五年先を考へて見給へ。さても世間違ふべし。金拂底すれば銀が寶となり、銀が拂底すれば銅が寶となるが如し。時節相應に人の器量も下り行く事なれば、一精出し候はゞ、ちやうど御用に立つ事なり。十五年などは夢の間なり。身養生さへして居れば、しまり本意を達し御用に立つ事なり。名人多き時分こそ、骨を折る事なれ。世間一統に下り行く時代なれば、其の中にて拔け出づるは安き事なり。
新字:時代と共に人の器量も下る、一精出せば図抜けて御用に立つべし。未来記などと云ふも、あまり替りたる事あるまじ。今時御用に立つ衆、十五年過ぐれば一人もなし。今の若手の衆が打つて出ても、半分だけにてもあるまじ。段々下り来り、皆人気短か故に、大事をなさず仕損ずる事あり。何時迄もゝとさへ思へば、しかも早く成るものなり。時節がより来るものなり。今十五年先を考へて見給へ。さても世間違ふべし。金払底すれば銀が宝となり、銀が払底すれば銅が宝となるが如し。時節相応に人の器量も下り行く事なれば、一精出し候はゞ、ちやうど御用に立つ事なり。十五年などは夢の間なり。身養生さへして居れば、しまり本意を達し御用に立つ事なり。名人多き時分こそ、骨を折る事なれ。世間一統に下り行く時代なれば、其の中にて抜け出づるは安き事なり。
書き下し
時代と共に人の器量も下(くだ)る、一(ひと)精出せば図抜(ずぬ)けて御用に立つ。時代と共に人の器量も下る、一精出せば図抜けて御用に立つべし。未来記(みらいき)などと云うも、あまり替りたる事あるまじ。今時(いまどき)御用に立つ衆、十五年過ぐれば一人もなし。今の若手の衆が打って出ても、半分だけにてもあるまじ。段々下り来り、皆人(みなひと)気短(きみじか)か故に、大事をなさず仕損ずる事あり。何時(いつ)までもと(=じっくり)さえ思えば、しかも早く成るものなり。時節がより来るものなり。今十五年先を考えて見給え。さても世間違うべし。金払底(きんふってい)すれば銀が宝となり、銀が払底すれば銅が宝となるが如し。時節相応に人の器量も下り行く事なれば、一精出し候わば、ちょうど御用に立つ事なり。十五年などは夢の間なり。身養生(みようじょう)さえして居れば、しまり本意(ほんい)を達し御用に立つ事なり。名人多き時分こそ、骨を折る事なれ。世間一統(いっとう)に下り行く時代なれば、其の中にて抜け出づるは安(やす)き事なり。
現代語訳
時代とともに人の器量も下がっていくもので、一つ精を出せば図抜けて役に立つ。未来を予言してみても、大して変わりはあるまい。今、役に立っている者も、十五年経てば一人もいなくなる。今の若手が世に出ても、その半分にも及ぶまい。だんだん人物は下っていき、皆が気短かなために、大事を成し遂げられず仕損じることがある。じっくり構えようとさえ思えば、かえって早く仕上がるものだ。時節はおのずと巡ってくる。今から十五年先を考えてみよ。世の中はさぞ様変わりしているだろう。金が乏しくなれば銀が宝となり、銀が乏しくなれば銅が宝となるのと同じだ。時節相応に人の器量も下がっていくのだから、一つ精を出せば、ちょうどよく役に立つ人物になれる。十五年など夢のようにあっという間だ。健康さえ保っていれば、志を遂げて役に立てる。名人の多い時代こそ苦労するのだ。世間全体が下っていく時代なら、その中で抜け出るのはたやすいことである。
解説
この章句が説くこと
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