伝習録 / 陸澄録
問:「文中子是如何人?」先生曰:「文中子庶幾『具體而微』,惜其蚤死。」問:「如何卻有續經之非?」曰:「續經亦未可盡非。」請問。良久,曰:「更覺『良工心獨苦』。」
新字:問:「文中子是如何人?」先生曰:「文中子庶幾『具体而微』,惜其蚤死。」問:「如何却有続経之非?」曰:「続経亦未可尽非。」請問。良久,曰:「更覚『良工心独苦』。」
書き下し
問う、「文中子は是れ如何なる人ぞ」と。先生曰く、「文中子は庶幾(ちか)くは『体を具えて微なり』。惜しむらくは其の蚤(はや)く死せることを」と。問う、「如何ぞ却って経を続くるの非有るか」と。曰く、「経を続くるも亦た未だ尽くは非とすべからず」と。請い問う。良(やや)久しくして、曰く、「更に『良工の心、独り苦しむ』を覚ゆ」と。
現代語訳
尋ねた。「文中子はどういう人ですか」。先生は言った。「文中子は『全体を備えているが規模が小さい』というところだ。惜しいのは早く死んだことだ」。尋ねた。「では、経書を続けた過ちがあるのはなぜですか」。先生は言った。「経書を続けたことも、すべて非とはできない」。さらに問うた。しばらくして先生は言った。「ますます『良い職人の心は、独り苦しむ』と感じる」。
解説
誰にも理解されない仕事に取り組む時、孤独を感じるかもしれません。しかし、王陽明は、時代を先取りするような「良い職人の心は、独り苦しむ」ものだと語ります。たとえ周囲に誤解されても、自分の信じる道を追求し続けるその姿勢は、やがて時代が追いつき、その真価が理解される時が来ることを示唆しています。先駆者としての苦悩は、やがて大きな実を結ぶための大切な過程なのです。
この章句が説くこと
更覚良工心独苦続経亦未可尽非努力
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