葉隠 / 聞書第二
上下萬民の心入を直し、不忠不義の者一人もこれなく、悉く御用に立て、面々安堵仕り候樣仕なすべしと、大誓願を起すべし。伊尹が志の如し。大忠節大慈悲なり。人の癖を直すは、我が癖を直すよりは仕にくきものなり。先づ一人もえせ申を持たず、近きより、見知らぬ人よりも、戀ひ忍ばるゝやうに仕なすが基なり。我が身にても覺えあり。相口の人より云はるゝ意見はよく請くるなり。さて意見の仕樣は應機說法にて、人々のかたぎ次第に、好きの道などより取入りて云ひ樣品々あるべし。非を見立てゝ云ひたる分にては請けぬ筈なり。我はよき者になり、人は惡しき者に云ひなしては、何しに悅び申すべきや。先づ我が非を顯し、「何としても直らぬ故、宿願をも懸け置きたり、懇意の事に候間、潛かに意見召され給ひ候樣。」などといへば、「それは我等も左樣にあり。」と申し候時、「さらば申合せて直すべし。」と云ひて、心に能く請け候へば、何程の惡人にても、直さずには置くまじきと思ふべし。不了簡の者程不斷の事なり。色々工夫して直せば直らぬといふ事なし。ならぬといふは、成し樣足らざる故なり。何某子を諸人憎み、かゝらぬ生附は天地に通ずるものなれば驗あるべし。これ我等一生の願なり。毎朝佛神に祈誓いたし候。眞にして通りたり。祖父以來賴むといはれたる一言故今に捨てず、我等一生の願なり。人の好かぬ惡人ほど懇意にして通ずるものなれば驗あるべし。諸人請取らぬ者共なれども、我等一人最負して、人に逢うては「さてゝ、一人よりある祕藏の者共、第一は御爲なり。」と褒め立て候へば、人の心も移り、思ひ直し候。人に少し宛の取柄あるものなり。惡しき所ありとも、取柄を取持ち候者、追腹の覺悟にて髮を剃り、五六十人の御側の者共に目を覺まさすべし。その時拙かり逢ひ、大事の時は身を捨て、損なる事なれども、これこそ眞の御被官なれ。不斷御叱りには置くべからず候。日陰奉公の小身者共が、歷々衆追ひ倒し、御外聞を取る事他事なき儀なり。隨分打任せて勤むべし。」と申合ひ候。出來出頭などが、あたまかぶせに、がさつなる事申し候時は打果すべし。」と申したる者も候へども、「さてゝ取違ひかな、あれは殿の尻拭役なり。しまり潰さるゝ奴なり。それが目にかゝらぬか。四五年の內に、殿の御外聞取りて上げ申す大事の御被官が、今かつたゝと棒打ちするものか。」と申し候て、差留め申し候。殿の御爲に、諸朋輩入魂致し、人のよくなる樣に、との大誓願を起し候。奇特にや、我等が申す事は、何れもよく請け申され候。又御爲と存じ、着座より下足輕迄に究竟の者數十人入魂にて手に附け、我等が一言にて忽ち御爲に一命を捨て申し候樣仕置き候。
新字:上下万民の心入を直し、不忠不義の者一人もこれなく、悉く御用に立て、面々安堵仕り候様仕なすべしと、大誓願を起すべし。伊尹が志の如し。大忠節大慈悲なり。人の癖を直すは、我が癖を直すよりは仕にくきものなり。先づ一人もえせ申を持たず、近きより、見知らぬ人よりも、恋ひ忍ばるゝやうに仕なすが基なり。我が身にても覚えあり。相口の人より云はるゝ意見はよく請くるなり。さて意見の仕様は応機説法にて、人々のかたぎ次第に、好きの道などより取入りて云ひ様品々あるべし。非を見立てゝ云ひたる分にては請けぬ筈なり。我はよき者になり、人は悪しき者に云ひなしては、何しに悅び申すべきや。先づ我が非を顕し、「何としても直らぬ故、宿願をも懸け置きたり、懇意の事に候間、潜かに意見召され給ひ候様。」などといへば、「それは我等も左様にあり。」と申し候時、「さらば申合せて直すべし。」と云ひて、心に能く請け候へば、何程の悪人にても、直さずには置くまじきと思ふべし。不了簡の者程不断の事なり。色々工夫して直せば直らぬといふ事なし。ならぬといふは、成し様足らざる故なり。何某子を諸人憎み、かゝらぬ生附は天地に通ずるものなれば験あるべし。これ我等一生の願なり。毎朝仏神に祈誓いたし候。真にして通りたり。祖父以来頼むといはれたる一言故今に捨てず、我等一生の願なり。人の好かぬ悪人ほど懇意にして通ずるものなれば験あるべし。諸人請取らぬ者共なれども、我等一人最負して、人に逢うては「さてゝ、一人よりある秘蔵の者共、第一は御為なり。」と褒め立て候へば、人の心も移り、思ひ直し候。人に少し宛の取柄あるものなり。悪しき所ありとも、取柄を取持ち候者、追腹の覚悟にて髪を剃り、五六十人の御側の者共に目を覚まさすべし。その時拙かり逢ひ、大事の時は身を捨て、損なる事なれども、これこそ真の御被官なれ。不断御叱りには置くべからず候。日陰奉公の小身者共が、歴々衆追ひ倒し、御外聞を取る事他事なき儀なり。随分打任せて勤むべし。」と申合ひ候。出来出頭などが、あたまかぶせに、がさつなる事申し候時は打果すべし。」と申したる者も候へども、「さてゝ取違ひかな、あれは殿の尻拭役なり。しまり潰さるゝ奴なり。それが目にかゝらぬか。四五年の内に、殿の御外聞取りて上げ申す大事の御被官が、今かつたゝと棒打ちするものか。」と申し候て、差留め申し候。殿の御為に、諸朋輩入魂致し、人のよくなる様に、との大誓願を起し候。奇特にや、我等が申す事は、何れもよく請け申され候。又御為と存じ、着座より下足軽迄に究竟の者数十人入魂にて手に附け、我等が一言にて忽ち御為に一命を捨て申し候様仕置き候。
書き下し
上下万民(じょうげばんみん)の心入(こころいれ)を直し、不忠不義の者一人もこれなく、悉く御用に立て、面々安堵(あんど)仕り候様仕(つかまつりそうろうよう)しなすべしと、大誓願(だいせいがん)を起すべし。伊尹(いいん)が志の如し。大忠節大慈悲なり。人の癖を直すは、我が癖を直すよりは仕にくきものなり。先ず一人もえせ申(もうし)を持たず、近きより、見知らぬ人よりも、恋い忍ばるるように仕なすが基なり。我が身にても覚えあり。相口(あいくち)の人より云わるる意見はよく請(う)くるなり。さて意見の仕様は応機説法(おうきせっぽう)にて、人々のかたぎ次第に、好きの道などより取入りて云い様品々(しなじな)あるべし。非を見立てて云いたる分にては請けぬ筈なり。我はよき者になり、人は悪しき者に云いなしては、何しに悦び申すべきや。先ず我が非を顕(あら)わし、「何としても直らぬ故、宿願(しゅくがん)をも懸け置きたり、懇意の事に候間(そうろうあいだ)、潜(ひそ)かに意見召され給い候様。」などといえば、「それは我等も左様にあり。」と申し候時、「さらば申合せて直すべし。」と云いて、心に能く請け候えば、何程の悪人にても、直さずには置くまじきと思うべし。不了簡(ふりょうけん)の者程不断の事なり。色々工夫して直せば直らぬという事なし。ならぬというは、成し様(なししよう)足らざる故なり。何某子(なにがしし)を諸人憎み、かからぬ生附(うまれつき)は天地に通ずるものなれば験(しるし)あるべし。これ我等一生の願なり。毎朝仏神に祈誓(きせい)いたし候。真にして通りたり。祖父以来頼むといわれたる一言故(ゆえ)今に捨てず、我等一生の願なり。人の好かぬ悪人ほど懇意にして通ずるものなれば験あるべし。諸人請取らぬ者共なれども、我等一人最負(さいふ)して、人に逢うては「さてさて、一人よりある秘蔵の者共、第一は御為(おんため)なり。」と褒め立て候えば、人の心も移り、思い直し候。人に少し宛(ずつ)の取柄(とりえ)あるものなり。悪しき所ありとも、取柄を取持ち候者、追腹(おいばら)の覚悟にて髪を剃り、五六十人の御側の者共に目を覚まさすべし。その時拙(つたな)かり逢い、大事の時は身を捨て、損なる事なれども、これこそ真の御被官(ごひかん)なれ。不断御叱りには置くべからず候。日陰奉公の小身者共(しょうしんものども)が、歴々衆(れきれきしゅう)追い倒し、御外聞(ごがいぶん)を取る事他事(たじ)なき儀なり。随分打任せて勤むべし。」と申合い候。出来出頭(できしゅっとう)などが、あたまかぶせに、がさつなる事申し候時は打果(うちは)たすべし。」と申したる者も候えども、「さてさて取違いかな、あれは殿の尻拭役(しりぬぐいやく)なり。しまり潰さるる奴なり。それが目にかからぬか。四五年の内に、殿の御外聞取りて上げ申す大事の御被官が、今かつたたと棒打ちするものか。」と申し候て、差留め申し候。殿の御為に、諸朋輩(しょほうばい)入魂(じっこん)致し、人のよくなる様に、との大誓願を起し候。奇特にや、我等が申す事は、何れもよく請け申され候。又御為と存じ、着座より下足軽(したあしがる)迄に究竟(くっきょう)の者数十人入魂にて手に附け、我等が一言にて忽(たちま)ち御為に一命を捨て申し候様仕置き候。
現代語訳
上下すべての人々の心根を直し、不忠不義の者を一人も出さず、ことごとく御用に役立たせ、皆が安心して暮らせるようにしよう、という大願を起こすべきだ。殷の名臣・伊尹(いいん)の志のようにである。それこそ大いなる忠節であり、大いなる慈悲だ。人の癖を直すのは、自分の癖を直すよりも難しい。まず自分は一人も見捨てず、身近な者はもちろん見知らぬ人からも慕われるようにするのが基本だ。私自身にも覚えがあるが、気の合う相手からの意見はよく聞き入れられるものだ。意見の仕方は相手に応じた説き方で、その人の気質や好む道から入り込み、言い様はさまざまであるべきだ。相手の非を指摘するだけでは受け入れられない。自分は善人、相手は悪人と決めつけては、どうして喜んで聞くだろうか。まず自分の非をさらけ出し、「どうしても直らぬので願をかけている。親しい仲だから、こっそり意見してくれ」などと言えば、相手も「それは自分もそうだ」と言い出す。「では一緒に直そう」と言って心から受け入れれば、どんな悪人でも直さずにはおくまいと思えてくる。分別のない者ほど手がかかるが、工夫して直せば直らぬということはない。直らぬのは、やり方が足りないからだ。(中略)これが私の一生の願で、毎朝神仏に祈っている。人に嫌われる悪人ほど、親しく交われば心が通じるものだ。皆が見放す者でも、私一人が引き受け、人前では「これこそ得がたい秘蔵の者、何より御用に役立つ」と褒めれば、その者の心も動いて改まる。人には少しずつ取り柄があるものだ。悪い所があっても取り柄を引き立ててやれば、その者は死を覚悟して主君のために尽くすようになる。日陰の奉公人が身分の高い者を凌いで主君の面目を立てるのは、他でもないこの心がけによる。(中略)主君のために、朋輩と親しく交わり、人が善くなるようにとの大願を起こした。ありがたいことに、私の言うことは皆よく聞き入れてくれた。主君のためを思い、上役から下は足軽まで、優れた者数十人と親しく手なずけ、私の一言でたちまち主君のために命を投げ出すよう仕込んでおいたのである。
解説
この章句が説くこと
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