葉隠 / 聞書第二
談議、說法、教訓なども、言ひ過ぎせば、害になり候となり。
新字:談議、説法、教訓なども、言ひ過ぎせば、害になり候となり。
書き下し
談議、説法、教訓なども、言い過ぎせば、害になり候となり。
現代語訳
良い事も度が過ぎればかえって悪くなる。説教や教訓も、あまり言い過ぎると、かえって害になるものだ。
解説
「過ぎたるは及ばざるがごとし」を、教え諭す場面に当てはめた簡潔な一条です。善い行いや正しい教訓も、度を越せばかえって害になると説きます。とりわけ説教や訓戒は、いくら内容が正しくても、繰り返し言い過ぎれば相手は嫌気がさし、聞く耳を持たなくなる。善意や正論であればあるほど、量とタイミングの節度が問われるという鋭い指摘です。現代でも、部下や子どもへの指導、助言のしすぎが逆効果になる場面は数多くあります。正しさそのものより「どれだけ、いつ言うか」という加減が伝わるかどうかを左右する、という教えは、指導や助言に携わる誰にとっても示唆に富みます。
この章句が説くこと
葉隠過ぎたるは及ばざる節度説教教訓言い過ぎ
関連する章句
-
説苑・說叢聖人の衣や體に便にして以て身を安んじ、其の食や腹に安んず。衣を適し食を節し、口目に聽かず。
-
説苑・雜言孔子曰く、「中人の情は、余り有れば則ち侈り、足らざれば則ち倹にし、禁無ければ則ち淫し、度無ければ則ち失し、欲を縦にすれば則ち敗る。飲食に量有り、衣服に節有り、宮室に度有り、畜聚に数有り、車器に限有るは、以て乱の源を防ぐなり。故に夫れ度量は明らかにせざる可からず、善言は聴かざる可からず」と。
-
葉隠・聞書第一大酒にて後れを取りたる人、数多(あまた)なり。別して残念の事なり。まず我が丈け分(たけぶん)をよく覚え、その上は飲まぬ様にありたきなり。そのうちにも、時により、酔い過す事あり。酒座(しゅざ)には就中(なかんずく)気をぬかさず、図(はか)らぬ事出来(しゅったい)ても間に合う様に、了簡(りょうけん)あるべき事なり。また酒宴は……
-
尚書・說命中寵を啓きて侮りを納るる無かれ、過ちを恥じて非を作す無かれ。
-
葉隠・聞書第一時により、人に用(よう)をいい、物をもらう事有り。それも度重(たびかさ)ならば、無心(むしん)になり、いやしかるべし。何とぞ済む事ならば、用をいわぬように有りたきなり。
-
論語・述而篇子は釣りして綱せず、弋して宿を射ず。