葉隠 / 聞書第一
勘定者はすくたるゝ者なり。仔細は、勘定は損得の考するものなれば、常に損得の心絕えざるなり。死は損、生は得なれば、死ぬる事をすかぬ故、すくたるゝものなり。又、學問者は才智辯口にて、本體の臆病欲心などを仕かくすものなり。人の見誤る所なり。
新字:勘定者はすくたるゝ者なり。仔細は、勘定は損得の考するものなれば、常に損得の心絶えざるなり。死は損、生は得なれば、死ぬる事をすかぬ故、すくたるゝものなり。又、学問者は才智弁口にて、本体の臆病欲心などを仕かくすものなり。人の見誤る所なり。
書き下し
勘定者(かんじょうもの)はすくたるる者なり。仔細(しさい)は、勘定は損得の考(かんがえ)するものなれば、常に損得の心絶えざるなり。死は損、生は得なれば、死ぬる事をすかぬ故、すくたるるものなり。又、学問者(がくもんしゃ)は才智弁口(さいちべんこう)にて、本体(ほんたい)の臆病(おくびょう)・欲心などを仕かくすものなり。人の見誤(みあやま)る所なり。
現代語訳
損得ばかりを勘定する者は臆病になる。理由はこうだ。勘定とは損か得かを考えることだから、常に損得の心が絶えない。死は損、生は得なので、死ぬことを嫌う。だからしりごみして臆病になるのである。また学問に長けた者は、才知や弁舌によって、心の底にある臆病や欲心を巧みに覆い隠してしまう。そこを人は見誤るのだ。
解説
損得の計算が習い性になった人は、いざというとき身がすくむ、という指摘です。『葉隠』は死を覚悟した無私の奉公を理想としますから、常に自分の損得を秤にかける心はその対極に置かれます。死は損、生は得という計算が働く限り、決断すべき場面で足が止まってしまう、と見るのです。さらに、学識ある者ほど才知や弁舌で自分の臆病や欲を上手に隠すため、周囲は本性を見誤りやすいと戒めます。現代でも、リスク計算にばかり長けて肝心の場面で動けない人や、理屈で保身を正当化してしまう人はいるでしょう。損得勘定そのものを否定するというより、それに縛られて動けなくなる危うさを見つめた一節と読めます。
この章句が説くこと
損得勘定臆病覚悟保身無私弁舌の危うさ
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