葉隠 / 聞書第二
公事沙汰、又は言ひ募ることなどに、早く負けて見事な負けがあるものなり。相撲の樣に、勝ちたがりて、きたな勝ちするは、負けたるには劣るなり。多分きたな負けになるものなりと。上り屋敷の事。口達。
新字:公事沙汰、又は言ひ募ることなどに、早く負けて見事な負けがあるものなり。相撲の様に、勝ちたがりて、きたな勝ちするは、負けたるには劣るなり。多分きたな負けになるものなりと。上り屋敷の事。口達。
書き下し
公事沙汰(くじざた)、又は言い募ることなどに、早く負けて見事な負けがあるものなり。相撲のように、勝ちたがりて、きたな勝ちするは、負けたるには劣るなり。多分きたな負けになるものなりと。上り屋敷の事。口達(くたつ)。
現代語訳
訴訟や言い争いなどでは、早めに引いて負ける「見事な負け方」というものがある。相撲のように、勝ちたい一心で見苦しい勝ち方をするのは、いっそ負けるよりも劣る。そういう勝ち方は、たいてい結局は見苦しい負けになってしまうものだ、という。上り屋敷でのこと。口伝え。
解説
訴訟や口論では、無理押しして見苦しく勝つよりも、潔く早めに引く「見事な負け」の方が優れている、と説く条です。相撲にたとえ、勝ちたい一心での見苦しい勝ち方は、負けるよりむしろ劣り、たいていは結局みっともない負けに終わる、といいます。核心は、勝敗そのものより身の処し方の美しさ、引き際の潔さを重んじる価値観にあります。現代でも、議論や交渉で相手を言い負かすことに固執すると、勝っても人望や関係を損なうことがあります。ときには潔く譲る方が、長い目で見て信頼を得る。目先の勝ちより品位を選べという、大人の処世術として今も通じる教えです。
この章句が説くこと
葉隠引き際潔さ見事な負け処世術品位
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