孟子 / 告子章句下
陳子曰、古之君子何如則仕。孟子曰、所就三、所去三。迎之致敬、以有禮、言將行其言也、則就之。禮貌未衰、言弗行也、則去之。其次、雖未行其言也、迎之致敬、以有禮、則就之。禮貌衰、則去之。其下、朝不食、夕不食、飢餓不能出門戶。君聞之曰、吾大者不能行其道、又不能從其言也。使飢餓於我土地、吾恥之。周之、亦可受也。免死而已矣。
新字:陳子曰、古之君子何如則仕。孟子曰、所就三、所去三。迎之致敬、以有礼、言将行其言也、則就之。礼貌未衰、言弗行也、則去之。其次、雖未行其言也、迎之致敬、以有礼、則就之。礼貌衰、則去之。其下、朝不食、夕不食、飢餓不能出門戸。君聞之曰、吾大者不能行其道、又不能従其言也。使飢餓於我土地、吾恥之。周之、亦可受也。免死而已矣。
書き下し
陳子曰く、「古の君子は何如なれば則ち仕うる。」孟子曰く、「就く所は三、去る所は三。之を迎うるに敬を致して、以て禮有り、言、將に其の言を行わんとすれば、則ち之に就く。禮貌未だ衰えざるも、言行われざれば、則ち之を去る。其の次は、未だ其の言を行わずと雖も、之を迎うるに敬を致して、以て禮有れば、則ち之に就く。禮貌衰うれば、則ち之を去る。其の下は、朝に食わず、夕に食わず、飢餓して門戶を出づること能わず。君之を聞きて曰く、『吾大にしては其の道を行うこと能わず、又其の言に從うこと能わざるなり。我が土地に飢餓せしむるは、吾之を恥づ。』之を周(すくう)わば、亦た受く可きなり。死を免るるのみ。」
現代語訳
弟子の陳子が尋ねた。 「昔の君子はどのような場合に仕えたのでしょうか。」 孟子は答えた。 「仕える場合が三つ、辞職して去る場合が三つある。一つは、心から敬い、礼をつくして招聘し、ご意見は実行しますので、と言ってきた場合は仕える。しかし心から敬い、礼をつくしてくれるが、意見が取り上げられなくなれば去る。二つは、意見は未だ採用されないが、心から敬い、礼をつくして招聘されれば仕える。しかしそれらの尊敬や礼儀の心が薄らいだら去る。三つは、朝夕の食べ物も無く、飢えて外にも出られないとき、領主がそれを聞いて、『私は大にしては彼の説く道を実行することはできず、更にはその意見に従うことも出来なかったが、自分の領内で飢えさせとなれば、私の羞じる所である。』と言って、禄を与えて救済して下さるなら受けてもよい。しかしそれで餓死を免れれば、久しく止まらず去るべきである。」
解説
この章句が説くこと
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