葉隠 / 聞書第二
寄親は兼々組の者に振舞ひ、會釋の心入あるべき事に付き、早速打ち立ち候仕組、夫丸に宿元見置き候事どもあり。一言にて、あの様なる寄親かなと思ふものなり。又組の者召寄せ、馳走など致し、會釋の心入ある事に候。權之丞ならば、此の次は物頭に仰付けらるべく候なり。
新字:寄親は兼々組の者に振舞ひ、会釈の心入あるべき事に付き、早速打ち立ち候仕組、夫丸に宿元見置き候事どもあり。一言にて、あの様なる寄親かなと思ふものなり。又組の者召寄せ、馳走など致し、会釈の心入ある事に候。権之丞ならば、此の次は物頭に仰付けらるべく候なり。
書き下し
寄親(よりおや)は兼々(かねがね)組の者に振舞い、会釈(えしゃく)の心入(こころい)れあるべき事に付き、早速打ち立ち候仕組(しくみ)、夫丸(ぶまる)に宿元(やどもと)見置き候事どもあり。一言にて、あの様なる寄親かなと思うものなり。又組の者召寄せ、馳走(ちそう)など致し、会釈の心入れある事に候。権之丞(ごんのじょう)ならば、此の次は物頭(ものがしら)に仰付(おおせつ)けらるべく候なり。
現代語訳
寄親(組を率いる上役)は、日ごろから組の者に振る舞い、思いやりの心配りをもつべきである。いざというとき早速に出立できる手はずや、人足に宿を見つけておくことなど、心を配っておくべきことがある。ちょっとした一言で、「なんと良い寄親だな」と思われるものだ。また、組の者を招いてもてなしをするなど、思いやりの心配りがあるべきだ。権之丞ほどの人物なら、この次は物頭に取り立てられるべきである。
解説
上に立つ者、組織のリーダーの心得を説いた条です。核心は「部下への日ごろの心配りが、リーダーの器を決める」という点にあります。有事にすぐ動ける段取りを整え、部下の生活の面倒まで見て、ときにもてなす。そうした平素の気遣いの一つ一つが、「良い上役だ」という信頼を積み上げます。命令や権威ではなく、思いやりで人を動かすのがよい寄親だと説くのです。現代のマネジメントにそのまま通じます。部下は上司の日常の配慮をよく見ています。小さな気遣いの積み重ねが信頼を生み、いざというときに人が動いてくれる。人望あるリーダーシップの本質を突いた条です。
この章句が説くこと
葉隠リーダーシップ寄親部下への配慮信頼人望
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