葉隠 / 聞書第二
談合事などは、まづ一人と示し合ひ、その後聞くべき人々を集め一決すべし。さなければ恨み出來るなり。又大事の相談は、かもはぬ人、世外の人などに潜かに批判させたるがよし。贔負なき故、よく理が見ゆるなり。くるわの人は談合候へば、我が心の理方に申すものにて候。是にては役に立ち申さず候由。
新字:談合事などは、まづ一人と示し合ひ、その後聞くべき人々を集め一決すべし。さなければ恨み出来るなり。又大事の相談は、かもはぬ人、世外の人などに潜かに批判させたるがよし。贔負なき故、よく理が見ゆるなり。くるわの人は談合候へば、我が心の理方に申すものにて候。是にては役に立ち申さず候由。
書き下し
談合事などは、まず一人と示し合い、その後聞くべき人々を集め一決すべし。さなければ恨み出来(いでき)るなり。又大事の相談は、かもわぬ人、世外(せがい)の人などに潜(ひそ)かに批判させたるがよし。贔屓(ひいき)なき故、よく理が見ゆるなり。くるわの人(=仲間内の人)は談合候えば、我が心の理方(りかた)に申すものにて候。是にては役に立ち申さず候由。
現代語訳
相談ごとは、まず一人と話し合え。大事の相談はこっそり無関係の人にせよ。相談ごとなどは、まず信頼できる一人と示し合わせ、その後で意見を聞くべき人々を集めて決めるのがよい。そうしなければ、後で恨みが生じる。また、重大な相談は、関わりのない人や世間から離れた人などにひそかに批判してもらうのがよい。えこひいきがないので、道理がよく見えるのだ。身内・仲間内の者に相談すると、自分に都合のよい理屈に合わせて言うものだ。それでは役に立たない、ということである。
解説
相談や合議の進め方を説いた、実務的な処世の条です。核心は二つ。一つは「まず一人と話し、それから皆に諮れ」という段取りの知恵で、いきなり大勢に投げると角が立ち恨みを生むと戒めます。もう一つは「重大な判断ほど、利害のない第三者に意見を求めよ」という点です。身内は無意識に自分寄りの理屈を言うため、かえって判断を曇らせる。しがらみのない目こそ道理を見抜けると説きます。現代の意思決定にもそのまま活きます。根回しの順序を誤らないこと、そして利害関係のない外部の視点を取り入れること。組織運営や重要な決断に普遍的に通じる知恵です。
この章句が説くこと
葉隠処世相談合議の進め方第三者の視点根回し
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