葉隠 / 聞書第二
或方に見舞に御同道申し、暫く話ありて罷歸るとあり。亭主、「先づ暫く御話し候へ。」晩迄と存じ候へども、客約束。」と申され候。追附罷立ち候。差合ひを言はれてから歸るは、追立てられたるにてこそあれとなり。
新字:或方に見舞に御同道申し、暫く話ありて罷帰るとあり。亭主、「先づ暫く御話し候へ。」晩迄と存じ候へども、客約束。」と申され候。追附罷立ち候。差合ひを言はれてから帰るは、追立てられたるにてこそあれとなり。
書き下し
或(ある)方に見舞に御同道(ごどうどう)申し、暫(しばら)く話ありて罷帰(まかりかえ)るとあり。亭主、「先(ま)ず暫く御話し候え。」晩迄(ばんまで)と存じ候えども、客約束。」と申され候。追附(おっつけ)罷立(まかりた)ち候。差合いを言われてから帰るは、追立てられたるにてこそあれとなり。
現代語訳
客として訪ねた先で、相手に差し障り(都合の悪い用事)を告げられてから帰るのは、追い立てられて帰るようなものだ。ある方の見舞いにご一緒し、しばらく話をして帰ったとある。亭主は「まあもう少しお話しなさい」と言い、夕方までとは思ったが、客には客の約束があると言って、ほどなく立ち去った。相手に用事があると言われてから帰るのは、追い立てられたのと同じことだ、というのだ。
解説
訪問先では、相手が忙しそうな素振りや別の用事を口にする前に、こちらから頃合いを見て切り上げよ、という交際の心得です。「そろそろ用事が」と言われてから腰を上げるのは、体よく追い出されたのと同じで、客としての面目を失う。だから相手に負担を感じさせる前に、自分の判断で潔く辞去するのがよい、と説きます。長居を戒め、相手の時間を思いやる作法であり、武士らしい引き際の美学でもあります。現代でも、訪問や会合で相手の様子を察して先に切り上げる気配りは、良好な人間関係の基本です。「引き際は相手に言わせず自分で決める」という主体性が、品位を保つ鍵だと教えてくれます。
この章句が説くこと
葉隠訪問引き際長居気配り作法
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