葉隠 / 聞書第二
不慮の事出來て動轉する人に、笑止なる事などといへば、尙々氣ふさがりて物の理も見えざるなり。左樣の時、何もなげに、却つてよき仕合せなどといひて、氣を奪ふ位あり。それに取り附いて、格別の理も見ゆるものなり。不定世界の内にて、愁ひも悅びも心を留むべき樣なきことなり。
新字:不慮の事出来て動転する人に、笑止なる事などといへば、尙々気ふさがりて物の理も見えざるなり。左様の時、何もなげに、却つてよき仕合せなどといひて、気を奪ふ位あり。それに取り附いて、格別の理も見ゆるものなり。不定世界の内にて、愁ひも悅びも心を留むべき様なきことなり。
書き下し
不慮の事出来て動転する人に、笑止(しょうし)なる事などといえば、尚々(なおなお)気ふさがりて物の理(ことわり)も見えざるなり。左様(さよう)の時、何もなげに、却ってよき仕合せなどといいて、気を奪う位(くらい)あり。それに取り附(つ)いて、格別の理も見ゆるものなり。不定(ふじょう)世界の内にて、愁(うれ)いも悦(よろこ)びも心を留(とど)むべき様なきことなり。
現代語訳
思いがけない災難に遭って取り乱している人に、「気の毒なことだ」などと言えば、ますます気がふさいで物事の道理も見えなくなる。そういう時は、何でもないことのように「かえって良い巡り合わせだ」などと言って、動転した気持ちをぐっと引き立ててやるくらいがよい。それをきっかけに、思いがけず筋道が見えてくるものだ。無常で定まらぬこの世では、悲しみにも喜びにも、いつまでも心を留めておくべきではないのである。
解説
災難に打ちひしがれた人への声のかけ方を説いた、実践的な人情の知恵です。同情して「気の毒に」と言えば相手はますます沈み込む。むしろ「かえって良い巡り合わせだ」と軽く明るく言い放ち、落ち込んだ気持ちを引き上げてやれ、と教えます。すると本人もそれを手がかりに冷静さを取り戻し、思わぬ活路が見えてくる、というのです。背景には、喜びも悲しみも移ろう無常の世では、一つの感情に囚われ続けても仕方ないという達観があります。慰めとは相手の気分を切り替えさせることだ、という視点は、現代の励ましやリーダーシップにもそのまま生きる知恵です。
この章句が説くこと
葉隠励まし気の切り替え災難無常人情の知恵
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