葉隠 / 聞書第二
或人の物語に、大人の名言を仰出さる〜こと、不思議に存じ、不圖存じ當り候。下々は欲得をはじめ、常々きたなき事ばかりを思ひ、胸中を汚し候に付、俄に思慮をめぐらさんとしても、又詩歌等の作意も出がたく候。大人は元來汚れたる事、御胸中に出來申さず、淸淨心に自然と叶はせられ候故と存じ候由。
新字:或人の物語に、大人の名言を仰出さる〜こと、不思議に存じ、不図存じ当り候。下々は欲得をはじめ、常々きたなき事ばかりを思ひ、胸中を汚し候に付、俄に思慮をめぐらさんとしても、又詩歌等の作意も出がたく候。大人は元来汚れたる事、御胸中に出来申さず、清浄心に自然と叶はせられ候故と存じ候由。
書き下し
或人(あるひと)の物語に、大人の名言を仰せ出(いだ)さるること、不思議に存じ、不図(ふと)存じ当り候。下々は欲得(よくとく)をはじめ、常々(つねづね)きたなき事ばかりを思い、胸中を汚し候に付(つき)、俄(にわ)かに思慮をめぐらさんとしても、又詩歌等の作意も出がたく候。大人は元来(がんらい)汚れたる事、御胸中に出来申さず、清浄心に自然と叶(かな)わせられ候故(ゆえ)と存じ候由。
現代語訳
徳の高い人物は清らかな心から名言が生まれ、心の卑しい者は胸中が汚れているため詩歌一つ出てこない。ある人の話に、大人物が名言を口にされるのを不思議に思っていたが、ふと思い当たった。心の低い者は損得をはじめ、日頃から汚いことばかり考えて胸中を汚しているので、急に思案をめぐらそうとしても、詩歌の趣向すら出てこない。大人物はもともと汚れたことが胸中に浮かばず、清らかな心に自然とかなっておられるからだ、というのである。
解説
優れた言葉は技巧からではなく、澄んだ心から自然に生まれる、という見識です。日頃から損得や邪念で胸中を汚している者は、いざというとき気の利いた一言も詩の一句も出てこない。逆に徳のある人物からは名言がおのずと湧き出る、その差は普段の心の在りようにある、と説きます。表現力とは技術以前に人格の反映だ、という洞察です。武士の教養論であると同時に、日々何を思って過ごすかが言葉の質を決めるという普遍の指摘でもあります。現代でも、とっさに出る言葉や書くものにはその人の内面がにじみます。心を清らかに保つことが、めぐりめぐって表現や振る舞いの品格につながる、という示唆を含みます。
この章句が説くこと
葉隠清浄心名言人格詩歌内面
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