葉隠 / 聞書第二
「水增されば船高し。」といふこととあり。器量者又は我が得方の事は、むつかしき事に出會ふほど、一段す〜む心になるなり。迷惑がるとは、いかい違ひぞとなり。
新字:「水增されば船高し。」といふこととあり。器量者又は我が得方の事は、むつかしき事に出会ふほど、一段す〜む心になるなり。迷惑がるとは、いかい違ひぞとなり。
書き下し
「水増されば船高し。」ということあり。器量者(きりょうもの)又は我が得方(えかた)の事は、むつかしき事に出会うほど、一段すすむ心になるなり。迷惑がるとは、いかい違いぞとなり。
現代語訳
「水かさが増せば船も高く上がる」という言葉がある。力量のある者、あるいは自分の得意とする事については、難しい事に出会うほど、かえって一段と奮い立つ心持ちになるものだ。難儀だと迷惑がるようでは、大きな心得違いだというのである。
解説
困難への向き合い方を説いた短い条です。「水増されば船高し」という比喩が鮮やかで、水かさが増すほど船が高く浮かぶように、力ある者は難題に出会うほど一段と気力が高まる、と説きます。逆に、難しい局面を「迷惑だ」と嫌がるのは大きな了見違いだと戒めます。困難を負担ではなく自分を押し上げる機会と捉える発想の転換です。現代でも、大きな壁を前にして萎縮するか奮い立つかは、その人の器量を映します。プレッシャーを歓迎し、難局でこそ本領を発揮する姿勢は、仕事や人生の壁に向き合うすべての人への励ましとして読める、前向きな一条です。
この章句が説くこと
葉隠困難水増されば船高し発想の転換器量逆境
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