葉隠 / 聞書第二
「謙信の始終の勝など云ふ事は知らず、場を辷さぬ所ばかりを仕覺えたり。」と申され候由。これが面白き事なり。奉公人など、その場を辷しては、口は利けずとなり。右の如く、當座々々の働き、挨拶、感心淺からず候なり。
新字:「謙信の始終の勝など云ふ事は知らず、場を辷さぬ所ばかりを仕覚えたり。」と申され候由。これが面白き事なり。奉公人など、その場を辷しては、口は利けずとなり。右の如く、当座々々の働き、挨拶、感心浅からず候なり。
書き下し
謙信の始終(しじゅう)の勝など云う事は知らず、場を辷(すべ)らさぬ所ばかりを仕覚えたり。」と申され候由(そうろうよし)。これが面白き事なり。奉公人など、その場を辷らしては、口は利けずとなり。右の如く、当座々々の働き、挨拶、感心浅からず候なり。
現代語訳
その場を逃してしまっては、あとで何を言っても役に立たない。その場その場での働きこそ肝心だ。「上杉謙信が終始勝ち続けたことなど自分は知らない。ただ、その場をはずさないことだけを身につけた」とある人が言われたそうだ。これが面白い。奉公人なども、その場をはずしては口をきくことができない。このように、その場その場での働きや挨拶は、感心すべきことこの上ない。
解説
この一句が説くのは「タイミング」の重さです。あとでいくら理屈を並べても、決定的な場面を逃してしまえば取り返しがつかない。だからこそ、その場その場で的確に動き、適切な挨拶や応対をすることが何より大切だというのです。「謙信の連戦連勝は知らぬ、ただ場をはずさぬことだけを覚えた」という言葉は、大きな戦略論より目の前の一手を外さない実務の勘所を突いています。現代の仕事でも、後からの弁明より、その瞬間の対応や一言が信頼を決めることは多い。機を逃さず動く即応力の価値を教える、実践的な教訓です。
この章句が説くこと
葉隠機を逃さない即応力その場の働きタイミング武士道
関連する章句
-
論語・季氏篇孔子曰く、君子に侍るに三愆有り。言未だ之に及ばずして言う、之を躁と謂う。言之に及びて言わざる、之を隠と謂う。未だ顔色を見ずして言う、之を瞽と謂う。
-
史記 蘇秦列伝乃ち西のかた秦に至る。秦の孝公卒す。恵王に説きて曰く、「秦は四塞の国、山を被り渭を帯び、東に関河有り、西に漢中有り、南に巴蜀有り、北に代馬有り、此れ天府なり。秦の士民の衆、兵法の教を以て、以て天下を吞み、帝と称して治む可し」と。秦王曰く、「毛羽未だ成らざれば、以て高く蜚ぶ可からず。文理未だ明らかならざれば、以て并兼す可からず」と。方に商鞅を誅し、辯士を疾み、用ゐず。乃ち東のかた趙に之く。趙の粛侯、其の弟成をして相と為さしめ、奉陽君と号す。奉陽君之を説ばず。
-
論語・衛霊公篇子曰く、『与えて言うべき者にして之と言わざれば、人を失う;与うべからざる者にして之に言えば、言を失う。知者は人を失わず、また言を失わず。』
-
孫子・火攻篇火発して其の兵静かなる者は、待ちて攻むる勿かれ。其の火力を極め、従う可くして之に従い、従う可からざれば則ち止まる。
-
『韓非子』功名第二十八明君の功を立て名を成す所以の者は四あり。一に曰く、天時、二に曰く、人心、三に曰く、技能、四に曰く勢位。
-
史記 老子韓非列伝夫れ事は密なるを以て成り、語は泄るるを以て敗る。未だ必ずしも其の身之を泄らさざるに、語其の匿す所の事に及べば、是くの如き者は身危し。貴人に過端有るに、説者、明らかに言ひ善く議して以て其の悪を推む者は、則ち身危し。周澤未だ渥からざるに語極めて知なれば、説行はれて功有れば則ち徳亡く、説行はれずして敗有れば則ち疑はる、是くの如き者は身危し。夫れ貴人、計を得て自ら以て功と為さんと欲するに、説者焉を与り知れば、則ち身危し。彼顕らかに出だす所の事有りて乃ち自ら故と以為ふに、説者焉を与り知れば、則ち身危し。之に彊ふるに其の必ず為さざる所を以てし、之を止むるに其の已む能はざる所を以てする者は、身危し。故に曰く、之と大人を論ずれば則ち己を間すと以為はれ、之と細人を論ずれば則ち権を粥ぐと以為はる。其の愛する所を論ずれば則ち資を借ると以為はれ、其の憎む所を論ずれば則ち己を嘗みると以為はる。其の辞を径省すれば則ち知らずとして之を屈し、汎濫博文なれば則ち多しとして之を久しとす。事に順ひ意を陳ぶれば則ち怯懦にして尽くさずと曰ひ、事を慮ること広肆なれば則ち草野にして倨侮なりと曰ふ。此れ説の難きこと、知らざる可からざるなり。