葉隠 / 聞書第二
當念を守りて氣をぬかさず、勤めて行くより外に何も入らず、一念々々と過す迄なりと。
新字:当念を守りて気をぬかさず、勤めて行くより外に何も入らず、一念々々と過す迄なりと。
書き下し
当念を守りて気をぬかさず、勤めて行くより外に何も入(い)らず、一念一念と過す迄(まで)なりと。
現代語訳
今この一瞬の思いを守り、気を抜かずに務めよ。一つ一つの念を積み重ねて過ごしていくまでのことだ。今この念を守って気を抜かず、務めていく以外に何もいらない。ただ一念一念と、今を積み重ねて過ごしていくだけである。
解説
きわめて短いながら、集中と精進の要諦を突いた条です。核心は「今この一瞬に心を込めよ」という点にあります。遠い先の成果や大きな目標にとらわれるのではなく、目の前の一念、今なすべきことに気を抜かず向き合う。その一瞬一瞬の積み重ねだけが、確かな道になると説きます。武士の勤めも、結局は日々の「今」を疎かにしないことに尽きるのです。現代でも通じる考え方です。将来を思い煩うより、目の前の一つに集中する。今を丁寧に生きることが、結果として大きな達成につながります。マインドフルネスにも通じる、シンプルで力強い生き方の指針です。
この章句が説くこと
葉隠今を生きる集中一念精進気を抜かない
関連する章句
-
葉隠・聞書第二端的只今の一念より外はとれなく候(そうろう)。一念々々(いちねんいちねん)と重ねて一生なり。此所(ここ)に覚え附(つ)き候。此所の一念を守りて暮すまでなり。皆人(みなひと)、別に有る様にばかり存じて探促(たんそく)いたし、ここを見附(みつ)け候人なきものなり。守り詰めて抜けぬ様になることは、功を積まねばなるまじく候。されども、一度(ひとたび)たどり附き候えば、常住(じょうじゅう)になくても、最早(もはや)別の物にてはなし。この一念に極(きわ)まり候事を、よくよく合点(がてん)候えば、事すくなくなる事なり。この一念に忠節備わり候なりと。
-
葉隠・聞書第一一役(いちやく)を勤むるものは、其の役の肝要(かんよう)を詮議(せんぎ)して今日ばかりと思ひ、念を入れ、主君の御前(ごぜん)と思ひ、大切にすれば誤(あやまり)なきなり。役を勤めて本意(ほんい)を達すといふ事あり。其の役を手に入るべきなり。
-
葉隠・聞書第二権之丞(ごんのじょう)殿へ話に、只今がその時、その時が只今なり。二つに合点している故(ゆえ)、そ、今日御前(ごぜん)へ召出(めしいだ)され、「これこれの儀を、そこにて云うて見よ。」と仰付(おおせつ)けられ候時、多分迷惑なるべし。上方(かみがた)にて置くというは、終(つい)に御前にても、公儀(こうぎ)の御城にて公方様(くぼうさま)の御前にても、さっぱりと云うて済ます様に、広間(ひろま)の隅にて言い習うて置く事なり。万事かくの如きなり。准(じゅん)じて吟味すべし。今日の不覚悟、皆知らるるかとなり。
-
葉隠・聞書第一「人として肝要に心がけ、修行すべき事は何事にて候や」と問われ候時、何と答えと見ゆるなり。活(い)きた面(つら)は正念(しょうねん)の時なり。万事をなすうちに、胸に一つ出来る物あるなり。これが君に対して忠、親には孝、武には勇、その外万事につかわるるものなり。これを見附くる事も成りがたし。見附けて不断(ふだん)持つ事また成りがたし。ただ今の当念(とうねん)より外はこれなきなり。
-
葉隠・聞書第一弥三郎(やさぶろう)へ色紙(しきし)を書かせ、「紙一ぱいに一字書くと思い、紙を書き破ると思うて書くべし。よしあしはそれしゃの仕事なり。武士はあぐまぬ一種にて済むなり。」
-
葉隠・聞書第一無念無心ばかり教うる故に、落着(らくちゃく)せぬなり。無念と云うは正念(しょうねん)の事なり。実教卿(じっきょうきょう)も、「一呼吸の中に邪(じゃ)を含まぬ事なり」と仰せられ候。面白き事にて候。然れば道は一つなり。此の光を先づ見附(みつ)くる者もなきものなり。純一(じゅんいつ)になる事は、功を積まねば成るまじき事なり。