葉隠 / 聞書第一
彌三郎へ色紙を書かせ、「紙一ぱいに一字書くと思ひ、紙を書き破ると思うて書くべし。よしあしはそれしやの仕事なり。武士はあぐまぬ一種にて濟むなり。」
新字:弥三郎へ色紙を書かせ、「紙一ぱいに一字書くと思ひ、紙を書き破ると思うて書くべし。よしあしはそれしやの仕事なり。武士はあぐまぬ一種にて済むなり。」
書き下し
弥三郎(やさぶろう)へ色紙(しきし)を書かせ、「紙一ぱいに一字書くと思い、紙を書き破ると思うて書くべし。よしあしはそれしゃの仕事なり。武士はあぐまぬ一種にて済むなり。」
現代語訳
弥三郎に色紙を書かせるとき、「紙いっぱいに一字を書くと思い、紙を書き破るつもりで書くべし。字の上手下手は書家の仕事である。武士は物事に倦(う)まぬ、その一つで足りるのだ」と言われた。
解説
何事にも飽きず、一つひとつに全身全霊で当たれ、と説く一条です。字を書くなら、紙いっぱいに一字を、紙を突き破るほどの気迫を込めて書け――この具体的な譬(たと)えに、武士の一事に賭ける集中が凝縮されています。書という些細に見える行為にも心と力を尽くす姿勢が、そのまま武士の生き方に通じるのです。葉隠は日々の営みを疎(おろそ)かにせず、常に真剣であれと繰り返し説きます。現代でも、一枚の書類、一通のメール、目の前の一つの仕事に手を抜かず全力を注ぐ人は、やがて大きな信頼を得ます。惰性や倦(う)みを退け、小さな一事に気迫を込める。集中と本気が力を育てるという教えです。
この章句が説くこと
集中全力気迫飽きない一事に賭ける惰性を退ける
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