葉隠 / 聞書第一
一役を勤むるものは、其の役の肝要を詮議して今日ばかりと思ひ、念を入れ、主君の御前と思ひ、大切にすれば誤なきなり。役を勤めて本意を達すといふ事あり。其の役を手に入るべきなり。
書き下し
一役(いちやく)を勤むるものは、其の役の肝要(かんよう)を詮議(せんぎ)して今日ばかりと思ひ、念を入れ、主君の御前(ごぜん)と思ひ、大切にすれば誤(あやまり)なきなり。役を勤めて本意(ほんい)を達すといふ事あり。其の役を手に入るべきなり。
現代語訳
何か一つの役目を勤める者は、その役の要点を見極め、今日一日きりと思って念を入れ、常に主君の御前にいるつもりで大切に勤めれば、過ちはない。役を勤めてこそ本来の目的が達せられるということがある。その役を、しっかり我がものにするべきである。
解説
与えられた役目の勤め方を説いた一節です。まずその役の勘所を見抜き、「今日限り」と一日一日に集中し、いつも主君の目の前にいるつもりで丁寧に務めれば失敗はないと言います。役を形だけこなすのでなく、勤め切ることで初めて本当の目的が果たされ、その役を完全に自分のものにできる、という考え方です。武士の奉公は日常の職務そのものを修行とみなしました。現代でも、任された仕事の核心をつかみ、緊張感を保って一日ずつ丁寧に積み上げれば、やがてその役割を自分の力として身につけられるでしょう。任された務めに正面から向き合う姿勢を促す言葉です。
この章句が説くこと
職務への専心要点を見極める一日を大切にする緊張感当事者意識仕事を極める
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