葉隠 / 聞書第二
時代の風と云ふものは、かへられぬ事なり。段々と落ちさがり候は、世の末になりたる所なり。一年の内、春計りにても夏計りにても同樣にはなし。一日も同然なり。されば、今の世を、百年も以前の良き風になしたくても成らざることとなり。されば、その時代時代にて、よき樣にするが肝要なり。昔風を慕ひ候人に誤あるは此處なり。合點これなき故なり。又當世風計りと存じ候て、昔風を嫌ひ候人は、かへりまちもなくなるなりと。
新字:時代の風と云ふものは、かへられぬ事なり。段々と落ちさがり候は、世の末になりたる所なり。一年の内、春計りにても夏計りにても同様にはなし。一日も同然なり。されば、今の世を、百年も以前の良き風になしたくても成らざることとなり。されば、その時代時代にて、よき様にするが肝要なり。昔風を慕ひ候人に誤あるは此処なり。合点これなき故なり。又当世風計りと存じ候て、昔風を嫌ひ候人は、かへりまちもなくなるなりと。
書き下し
時代の風というものは、かえられぬ事なり。段々と落ちさがり候(そうろう)は、世の末になりたる所なり。一年の内、春ばかりにても夏ばかりにても同様にはなし。一日も同然なり。されば、今の世を、百年も以前の良き風になしたくても成らざることとなり。されば、その時代時代にて、よき様にするが肝要(かんよう)なり。昔風を慕い候人に誤(あやま)りあるはここなり。合点(がてん)これなき故なり。また当世風ばかりと存じ候て、昔風を嫌い候人は、かえりまちもなくなるなりと。
現代語訳
時代の空気というものは、変えられないものだ。だんだんと世が下り坂になるのは、世の末になったからである。一年のうちでも春ばかり夏ばかりということはなく、一日にしても同じことだ。だから今の世を、百年も前の良い風潮に戻したいと思っても、そうはならない。したがって、その時代その時代に応じて、うまくやっていくことが肝心である。昔風を慕う人に誤りがあるのはこの点で、そのことを呑み込めていないからだ。また逆に、当世風ばかりを良しとして昔風を毛嫌いする人は、拠り所を失って浅はかになってしまう。
解説
この章句が説くこと
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