葉隠 / 聞書第二
御用に立ち度しと思ふ奉公人は、其の儘引上げ召使はれる儀疑ひもなき事なり。上より御用に立つ者がなと、氣々御探促なさるゝ處に、百姓町人にても、笛なりとも太皷なりとも得方の者を御探促なさるゝ事に候。能役者よりは、御國家の御用に立つ奉公に心掛け候ものは、何時の御時代にも御探促の事に候。又上の御好きなさるゝ事に、御用に立つ者を御好き遊ばさるべき事なり。昔より其の道々の者出來申す事に候へば、御用に立ちたる人、御代々數人これありたる事に候由。
新字:御用に立ち度しと思ふ奉公人は、其の儘引上げ召使はれる儀疑ひもなき事なり。上より御用に立つ者がなと、気々御探促なさるゝ処に、百姓町人にても、笛なりとも太鼓なりとも得方の者を御探促なさるゝ事に候。能役者よりは、御国家の御用に立つ奉公に心掛け候ものは、何時の御時代にも御探促の事に候。又上の御好きなさるゝ事に、御用に立つ者を御好き遊ばさるべき事なり。昔より其の道々の者出来申す事に候へば、御用に立ちたる人、御代々数人これありたる事に候由。
書き下し
御用に立ち度(た)しと思う奉公人は、其(そ)の儘(まま)引上げ召使(めしつか)わるる儀(ぎ)疑いもなき事なり。上(かみ)より御用に立つ者がなと、気々(きぎ)御探促(おんたんそく)なさるる処(ところ)に、百姓町人にても、笛なりとも太皷(たいこ)なりとも得方(えかた)の者を御探促なさるる事に候(そうろ)う。能役者よりは、御国家の御用に立つ奉公に心掛け候ものは、何時(いつ)の御時代にも御探促の事に候。又(また)上の御好(おこの)みなさるる事に、御用に立つ者を御好み遊ばさるべき事なり。昔より其の道々の者出来(しゅったい)申す事に候えば、御用に立ちたる人、御代々(おんだいだい)数人これありたる事に候由(よし)。
現代語訳
お役に立ちたいと願う奉公人が、そのまま取り立てられて召し使われるのは、疑いようのないことだ。主君は「役に立つ者はいないか」と常に探し求めておられ、百姓町人であっても、笛なり太鼓なり、その道に長けた者をお探しになる。能役者よりも、御国家のお役に立つ奉公を心がける者は、いつの時代にも探し求められるものだ。また主君のお好みとして、役に立つ者をお好みになるはずだ。昔からそれぞれの道の名人が現れるのだから、役に立った人は代々数人はいたものだ、とのことである。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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啓発録・跋嗚呼如何せん、吾身刀圭の家に生れ、賤技に局々として、吾初年の志を遂る事を不得を。然れども所業は此に在りても、所志は彼に在り候へは、後世吾心を知り吾志を憐み吾道を信ずる者あらん歟。嘉永戊申季夏橋本左内誌。
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孟子・盡心章句上孟子曰く、「孔子東山に登りて魯を小とし、泰山に登りて天下を小とす。故に海を観る者には水と為し難く、聖人の門に游ぶ者には言と為し難し。水を観るに術有り、必ず其の瀾を観る。日月明有り、光を容るるところ必ず照らす。流水の物為るや、科に盈たざれば行かず。君子の道に志すや、章を成さざれば達せず。」
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『大和俗訓』巻之一・為学上されども芸は末なり、道義の学は本なり。芸をひたすら好めば、必学の志をうばはれて失ふものなり。いはんや私欲のなぐさみ好みにまかするをや。いましむべし。志を立つれば、たとへば西国の人のあづまへ行かんとおもひ立ちて、日々に行くに、其間昼夜あづまへ行かんと思ふ心は、念々つねにやまず。是あづまへ行く志たつなり。かくの如くなれば、つひに志す所に行きとどかずといふ事なし。道に志すも亦かくの如くなるべし。
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『正法眼蔵随聞記』巻五亦云く、仙人ありき、或人問て云く、如何がして仙を得ん、仙人の云く、仙を得んと思はゞ仙道を好むへしと、然れば学人も仏祖の道を得んと思はゞ、須く仏祖の道を好むへし、
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『慎思録』巻之一道に志す者は、須らく誠敬以て其の志を守るべし。然らざれば則ち流蕩放荒して道を忘れ、終にも亦必ず亡びんのみ。今の学者、大率人の不善を責むるの意思常に多くして、己の不善を責むるの意思常に少なし。此れ聖賢を以て人を律し、衆人を以て己を待すと謂ふ。是を以て学を為す者の、終に己に益無き所以なり。
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論語・公冶長篇顔淵・季路侍る。子曰く、「盍ぞ各々爾の志を言わざる。」子路曰く、「願わくは車馬衣裘、朋友と共にし、之を敝るとも憾み無からん。」顔淵曰く、「願わくは善に伐ること無く、労を施すこと無からん。」子路曰く、「願わくは子の志を聞かん。」子曰く、「老者は之を安んじ、朋友は之を信じ、少者は之を懐けん。」

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