葉隠 / 聞書第二
主人に心置かるゝ樣にするが忠節、十年骨を碎けば確となる内氣に陽氣なる御主人は隨分譽め候て、御用に落度なき樣に調へて上げ申す筈なり。斯くの如くの御氣を育て申す所なり。さて又、御氣位勝御發明なる御主人は、ちと、「御心置かれ候樣」と何とか存ずべしと思召さるゝものになり候事、大忠節なり。斯様の者一人もこれなき時は、御家中御見となし、皆手揉みと思召され、御高慢にて打崩し候なり。何程善事をなし候ても、高慢にて上下に依らず、無きものなり。右、求馬、吉右衛門などは確に見知らせ申して置きたる者共なり。吉右衛門は病中にも隱居後も、事により御相談なされ候由に候。成りにくき事とばかり存ずる故成らず候。有難き御事に候。覺えある事に候。一國一人の重寶なれば、成り度く思はぬは腑甲斐なき事なり。先づ仕寄は大かたの人見附かぬ所なり。此處が大事なり。其の後少しづゝ、ずめかせ申して置く迄なりと。
新字:主人に心置かるゝ様にするが忠節、十年骨を碎けば確となる内気に陽気なる御主人は随分誉め候て、御用に落度なき様に調へて上げ申す筈なり。斯くの如くの御気を育て申す所なり。さて又、御気位勝御発明なる御主人は、ちと、「御心置かれ候様」と何とか存ずべしと思召さるゝものになり候事、大忠節なり。斯様の者一人もこれなき時は、御家中御見となし、皆手揉みと思召され、御高慢にて打崩し候なり。何程善事をなし候ても、高慢にて上下に依らず、無きものなり。右、求馬、吉右衛門などは確に見知らせ申して置きたる者共なり。吉右衛門は病中にも隠居後も、事により御相談なされ候由に候。成りにくき事とばかり存ずる故成らず候。有難き御事に候。覺えある事に候。一国一人の重宝なれば、成り度く思はぬは腑甲斐なき事なり。先づ仕寄は大かたの人見附かぬ所なり。此処が大事なり。其の後少しづゝ、ずめかせ申して置く迄なりと。
書き下し
主人に心置かるるようにするが忠節、十年骨を砕けば確となる。内気に陽気なる御主人は、随分褒め候て、御用に落度なきように調えて上げ申す筈なり。斯くの如くの御気を育て申す所なり。さて又、御気位勝ち御発明なる御主人は、ちと、「御心置かれ候よう」と何とか存ずべしと思召さるるものになり候事、大忠節なり。斯様の者一人もこれなき時は、御家中御見(おんみ)となし、皆手揉みと思召され、御高慢にて打崩し候なり。何程善事をなし候ても、高慢にて上下によらず、無きものなり。右、求馬(もとめ)、吉右衛門などは確かに見知らせ申して置きたる者共なり。吉右衛門は病中にも隠居後も、事により御相談なされ候由に候。成りにくき事とばかり存ずる故成らず候。有難き御事に候。覚えある事に候。一国一人の重宝なれば、成り度く思わぬは腑甲斐なき事なり。先ず仕寄(しよせ)は大かたの人見附かぬ所なり。此処が大事なり。その後少しずつ、ずめかせ申して置くまでなりと。
現代語訳
主君に一目置かれるようになるのが忠節であり、十年骨を砕いて努めれば、その地位は確かなものになる。内気で陽気な主君なら、大いに褒めて、御用に落ち度のないよう取り計らって差し上げるべきだ。そうやってその気風を育てるのである。一方、気位が高く聡明な主君に対しては、「あの者には一目置かねば」と思わせる存在になることが、大きな忠節である。そういう家臣が一人もいなければ、主君は家中を軽く見て、皆が自分にへつらっていると思い込み、高慢になって身を持ち崩す。どれほど善行を積んでも、高慢であれば身分の上下にかかわらず、その徳は無に等しい。求馬や吉右衛門などは、確かにそう見せておいた者たちだ。吉右衛門は病中も隠居後も、事によっては御相談を受けたという。難しいとばかり思うから成らないのだ。ありがたいことであり、心当たりのあることでもある。一国に一人の重宝なのだから、そうなりたいと思わないのは不甲斐ない。まず取りかかりは大方の人が気づかぬところにある。ここが肝心だ。その後は少しずつ主君に頼りにさせておくまでのことだ、と。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
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葉隠・聞書第一或人覺悟の體覺書に、主君の身邊勤むる者は別けて身持覺悟愼むべきことなり。御側の者の様子を見て、主人のたけを人が積るものなり。今は御機嫌惡し、序でになどと思うて居る内に、不圖御誤もあるべきことなり。又諫言は時を移さず申上ぐべきことなり。仰出濟みて後も、其の者に理を附け、少しづゝもよき様に云ひなせば、歸參も早きものなり。又仕合せよき人には、無音しても苦しからず、侍の義理なり。又科人をわろく云ふは不義理の事なり。落ちぶれたる者には隨分不憫を加へ、何とぞ立直す様に致すべきこと、侍の義理なりと、これあり候。
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葉隠・聞書第一主人に諫言をするに色々あるべし。志の諫言は脇に知れぬ樣にするなり。御氣にさかはぬ樣にして御癖を直し申すものなり。細川頼之が忠義などなり。昔、御道中にて、御年寄何某承り、「某、一命を捨てゝ申上ぐべく候。段々御延引の上に脇寄など遊ばされ候節、以ての外然るべからず候。」と、諸人に向ひ、「御暇乞仕り候。」と詞を渡し、行水、白帷子下着にて御前へ罷出でられ、追附退出、又諸人に向ひ、「拙者申上げ候儀、聞召分けられ本望至極、皆樣へ一度御目に懸り候儀、不思議の仕合せ。」など廣言申され候。これ皆主人の非を顯し、我が忠を揚げ、威勢を立つる仕事なり。多分他國者にこれあるなり。
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葉隠・聞書第一諫言の道に、我其の位にあらずば、其の位の人に言はせて、御誤直なる様にするが大忠なり。此の階の爲に諸人と懇意する所なり。我が爲にすれば追従なり。一方は我等荷なひ申す心入からなり。成程なるものなり。
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荀子・大略篇為人臣下者,有諫而無訕,有亡而無疾,有怨而無怒。
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葉隠・聞書第一御縁組の時、何某一分を申し達し候。此の事、若き衆よく心得置くべき事なり。其の身氣味よく思うて、云ふべき事を云うて腹切りても本望と思ふべし。よく〳〵了簡候へ、何の益にも立たぬ事なり。我斯様の事を云うて腹切りても本望と思ふは、成程聞えたり。曲者などと思ふは以ての外なる取違なり。先づ申出でたる事其の詮なく、我が身は引取り、御養育も仕らず、追附御死去なされ候に、御看病も仕らず、殘念千萬なり。氣過ぎなる人は多分誤る所なり。總じて其の位に至らずして諫言するは却つて不忠なり。誠の者ならば、我が存寄りたる事を似合ひたる人に潜かに内談して、其の人の思寄にさせて云へば、其の事調はるなり。これ忠節なり。若し、内談にて其の人請合はずば、又外の人にも内談し、兎角色々心遣をして、其の事さへ調はる〻様にすれば、大忠節も知れぬ様にして居るものなり。幾人に内談しても、埒明かざる時は力に及ばず、其の分にて打過ぎ、又は起し立て〳〵すれば、多分叶ふものなり。我こそ曲者と云はる〻名聞計りにて、我が手柄にする故調はざるなり。申出でたる事益には立たず、人に難ぜられ、我が身を崩したる人數多これあるなり。畢竟眞の志なき故なり。我が身を一向に捨て〳〵て、主君の上どうなりとも好き様にとさへ思へば、紛る〻事はこれなく候なり。
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荀子・子道篇魯哀公問於孔子曰:「子從父命,孝乎?臣從君命,貞乎?」三問,孔子不對。孔子趨出以語子貢曰:「鄉者,君問丘也,曰:『子從父命,孝乎?臣從君命,貞乎?』三問而丘不對,賜以為何如?」子貢曰:「子從父命,孝矣。臣從君命,貞矣,夫子有奚對焉?」孔子曰:「小人哉!賜不識也!昔萬乘之國,有爭臣四人,則封疆不削;千乘之國,有爭臣三人,則社稷不危;百乘之家,有爭臣二人,則宗廟不毀。父有爭子,不行無禮;士有爭友,不為不義。故子從父,奚子孝?臣從君,奚臣貞?審其所以從之之謂孝、之謂貞也。」