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葉隠 / 聞書第二

淵瀬を心得て渡れ、御意に入りたいと努むるのは見苦しい或出家申され候は、淵瀬も知らぬ川をうかと渡り候ては向へも屆かず、用事も濟まず、流れ死も仕る事に候。時代の風俗、主君の好嫌をも合點なく、無分別に奉公に乘氣などさし候はば、御用にも立たず、身を亡し候事これあるべく候。御意に入るべくと仕るは、見苦しきものに候。先づ引取りて、ちと淵瀬をも心得候て、御嫌ひなさる樣、仕るべき事と存じ候由。

新字:淵瀬を心得て渡れ、御意に入りたいと努むるのは見苦しい或出家申され候は、淵瀬も知らぬ川をうかと渡り候ては向へも届かず、用事も済まず、流れ死も仕る事に候。時代の風俗、主君の好嫌をも合点なく、無分別に奉公に乗気などさし候はば、御用にも立たず、身を亡し候事これあるべく候。御意に入るべくと仕るは、見苦しきものに候。先づ引取りて、ちと淵瀬をも心得候て、御嫌ひなさる様、仕るべき事と存じ候由。

書き下し

淵瀬(ふちせ)を心得て渡れ、御意(ぎょい)に入りたいと努むるのは見苦しい。或る出家(しゅっけ)申され候は、淵瀬も知らぬ川をうかと渡り候ては向(むこう)へも届かず、用事も済まず、流れ死(じに)も仕(つかまつ)る事に候。時代の風俗、主君の好嫌(このみきらい)をも合点(がてん)なく、無分別(むふんべつ)に奉公に乗気(のりき)などさし候わば、御用にも立たず、身を亡(ほろぼ)し候事これあるべく候。御意に入るべくと仕るは、見苦しきものに候。先(ま)ず引取(ひきと)りて、ちと淵瀬をも心得候て、御嫌(おきら)いなさる様、仕るべき事と存じ候由。

現代語訳

ある僧が言った。深みと浅瀬の別も知らぬ川を、うかつに渡ってしまえば向こう岸にも届かず、用事も済まず、流されて死ぬこともある。時代の風俗も、主君の好き嫌いも呑み込まないまま、分別なく奉公に勢い込んでも、御用の役には立たず、かえって身を滅ぼすことになる。何とか気に入られようと必死になる姿は見苦しいものだ。まずは一歩退いて、川の深みと浅瀬、つまり物事の勘どころをしっかり心得てから、主君の好みに沿うように振る舞うべきである、と。

解説

奉公にあたっては、勢いや熱意だけで突っ込むなという戒めです。川を渡るには淵と瀬を見極めねば流されるように、主君の好み・時代の空気・場の勘どころを見きわめずに張り切っても、役に立たないどころか身を滅ぼす、と説きます。「気に入られたい」と焦る姿が一番見苦しい、という指摘は鋭いところです。まず一歩退いて全体を観察し、勘どころをつかんでから動く。これは現代の仕事でも同じで、新しい職場や役割で空回りしないための普遍的な知恵と言えます。熱意は下ごしらえの上に乗せてこそ生きる、というわけです。

この章句が説くこと

葉隠奉公の心得淵瀬勘どころ空回り一歩退く

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