葉隠 / 聞書第二
夢が正直のためし。切死、切腹の夢折々見候が、勇氣すわり候へば、段々夢中の心持替り申し候由。
新字:夢が正直のためし。切死、切腹の夢折々見候が、勇気すわり候へば、段々夢中の心持替り申し候由。
書き下し
夢が正直のためし。切死(きりじに)、切腹の夢折々(おりおり)見候(みそうろ)うが、勇気すわり候えば、段々(だんだん)夢中(むちゅう)の心持(こころもち)替(かわ)り申し候由(そうろうよし)。
現代語訳
夢はその人の本心を正直に映し出す試金石である。切死にや切腹の夢を折々に見ていたが、勇気が定まってくると、次第に夢の中での心持ちも変わってきたという。
解説
夢は取り繕えないからこそ、その人の本当の心の在りようを映す、という観察です。日々覚悟を積み重ねて勇気が据わってくると、夢の内容や夢の中で感じる恐れまで変わってくる、と説きます。表向きの態度は装えても、無意識の領域までは意志が届いて初めて本物、という自己修養の深さを示すものです。現代でも、緊張する場面の夢を見なくなったとき、その事柄が自分の中で消化されたと感じることがあります。心の鍛錬が意識の底にまで及んでいるかを、夢という鏡で確かめる知恵といえます。なお切死や切腹を題材とする点は時代背景によるもので、現代の価値観とは隔たりがあります。
この章句が説くこと
葉隠夢本心覚悟勇気自己修養
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