葉隠 / 聞書第一
或人、「何某は惜しき者、早死したる。」と申され候。「惜しき者の内にて候。」と答へ申し候。又、「世が末になりて、義理は絶ゑ申し候。」と申され候。「窮すれば變ず、追附けよくなるべき時節にて候。」と答へ申し候。〔斯樣の越度〕中野將監切腹の脇、大木前兵部所にて組中參會に、將監事を樣々惡口仕られ候。兵部申し候は、「人の亡き後にて惡口をせぬものなり。殊に科仰付けられ候衆は、いとほしき事にて候。將監は忠臣と取沙汰有るべし。」と申され候由。誠に老功の申分にてあらう。
新字:或人、「何某は惜しき者、早死したる。」と申され候。「惜しき者の内にて候。」と答へ申し候。又、「世が末になりて、義理は絶ゑ申し候。」と申され候。「窮すれば変ず、追附けよくなるべき時節にて候。」と答へ申し候。〔斯様の越度〕中野将監切腹の脇、大木前兵部所にて組中参会に、将監事を様々悪口仕られ候。兵部申し候は、「人の亡き後にて悪口をせぬものなり。殊に科仰付けられ候衆は、いとほしき事にて候。将監は忠臣と取沙汰有るべし。」と申され候由。誠に老功の申分にてあらう。
書き下し
或人、「何某は惜しき者、早死したる。」と申され候。「惜しき者の内にて候。」と答へ申し候。又、「世が末になりて、義理は絶(た)へ申し候。」と申され候。「窮すれば変ず、追付けよくなるべき時節にて候。」と答へ申し候。〔斯様の越度(おちど)〕中野将監(しょうげん)切腹の脇(わき)、大木前兵部(さきのひょうぶ)所にて組中参会(さんかい)に、将監事を様々悪口仕られ候。兵部申し候は、「人の亡き後にて悪口をせぬものなり。殊に科(とが)仰付けられ候衆は、いとほしき事にて候。将監は忠臣と取り沙汰有るべし。」と申され候由。誠に老功の申し分にてあらう。
現代語訳
ある人が「誰それは惜しい人物だ、早死にした」と言われた。私は「惜しい人物の一人ですね」と答えた。また「世も末になって、義理はすたれてしまった」と言われたので、「窮すれば変ずというもの、じきによくなる時節でしょう」と答えた。中野将監が切腹した折、大木前兵部の所で組の者が集まった席で、将監のことをあれこれ悪く言う者がいた。兵部はこう言った。「人が亡くなった後で悪口を言うものではない。まして罪を命じられた人たちは、いたわしいものだ。将監はむしろ忠臣だったと評判すべきだろう」と。まことに経験を積んだ人の言葉であろう。
解説
この章句が説くこと
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風姿花伝・第二 物学条々物まねの品々、筆に尽しがたし。さりながら、この道の肝要なれば、その品々をいかにもいかにも嗜むべし。凡そ何事をも残さずよく似せんが本意なり。然れどもまた、事によりて濃き淡きを知るべし。先づ国王大臣より始めたてまつりて、公家の御たたずまひ、武家の御進退は、及ぶべきところにあらざれば、十分ならんことかたし。さりながら、よくよく言葉を尋ね、品を求めて、見所の御意見を待つべきものなり。その外、上職の品々、花鳥風月の事態、いかにもいかにもこまかにすべし。田夫野人の事にいたりては、さのみにこまかに賤しげなるわざをば似すべからず。仮令、樵夫・草刈・炭焼・塩汲なんどの風情にもなりつべきわざをば、こまかに似すべきか。それよりなほくはしからん下職をば、さのみには似すまじきなり。これ上方の御目に見ゆべからず。若し見えば、あまりに賤しくておもしろき所あるべからず。このあてがひをよくよく心得べし。似事の人体によりて浅深あるべきなり。
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説苑・奉使晏子楚に使いす。晏子短し。楚人大門の側に小門を爲りて晏子を延く。晏子入らずして曰く、「狗國に使いする者は狗門より入る。今臣楚に使いす、當に此の門より入るべからず。」儐者更めて大門より入りて楚王に見えしむ。王曰く、「齊人無きか。」晏子對えて曰く、「齊の臨淄三百閭、袂を張れば帷を成し、汗を揮えば雨を成す。肩を比べ踵を繼ぎて在り、何為れぞ人無からんや。」王曰く、「然らば則ち何為れぞ子を使わす。」晏子對えて曰く、「齊使いを命ずるに各々主とする所有り。其の賢者は賢主に使いし、不肖なる者は不肖なる主に使いす。嬰最も不肖なり、故に宜しく楚に使いすべきのみ。」
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葉隠・聞書第一山崎蔵人(やまざきくらんど)は一生、仕舞物(しまいもの)と名の附(つ)きたる物は取られず候。さてまた町人の宅(たく)へ一生参り申されず候。誠に奉公人の嗜(たしな)み、斯様(かよう)にこそありたく候。石井九郎右衛門(いしいくろうえもん)も仕舞物仕(つかまつ)られず候。近代の衆(しゅう)は仕舞物とさえいえば我先(われさき)にと望を掛け、町人などの所へは無理に押掛(おしか)け振舞(ふるまい)致させ、店棚(みせだな)に調物(ととのえもの)に参り候事を慰みなどと取りなし候事、風儀(ふうぎ)悪しく、侍の本意(ほんい)にあらずと存じ候。
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葉隠・聞書第一の様子はいからう(いかようにも)あるべき事である。心を附けて見るに、おおかた飲むばかりである。気が附かねば卑(いや)しく見ゆるばかりである。おおかた、人の心入(こころい)れは、酒盛にてあらわれる物である。
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葉隠・聞書第一御道具を仕舞物にして取りがちに仕(つかまつ)られ候。これにて了簡(りょうけん)仕られ候え、頼まれぬ心入(こころい)れなり。御秘蔵(ごひぞう)・御寵愛(ごちょうあい)にて、七重八重(ななえやえ)の袋・箱に入れたる御道具どもを、直段附(ねだんづ)けをして奪い取り、主君の御魂(みたま)入れられたる物を我々(われわれ)の家内(かない)の道具に使う事、勿体至極(もったいしごく)もなき事ぞかし。御罰(おばち)を蒙(こうむ)らずとも、心よく有る事は了簡に及ばざる事なり。鼻の先許りの奉公、君臣(くんしん)の義理はなき事なり。
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論語・八佾篇子曰わく、君子は争う所無し。必ずや射か。揖譲して升り、下りて飲む。その争いは君子なり。