葉隠 / 聞書第一
中野數馬、今度江戸出御一宿より、細書を差越され候。斯様に心の入りまはりたる分が、人より上の所なり。
新字:中野数馬、今度江戸出御一宿より、細書を差越され候。斯様に心の入りまはりたる分が、人より上の所なり。
書き下し
中野数馬、今度江戸出(え)御一宿より、細書(さいしょ)を差し越され候。斯様(かよう)に心の入りまはりたる分が、人より上の所なり。
現代語訳
中野数馬は、このたび江戸へ出立して最初の宿から、こまごまと(気配りの行き届いた)手紙をよこされた。このように心が隅々まで行き届いているところが、人より優れた点である。
解説
中野数馬が、江戸へ出立して最初の宿から、こまごまと気配りの手紙をよこした、という短い一条です。このように心が隅々まで行き届いているところが、人より優れた点だと評します。旅立ってすぐの慌ただしいときにも、留守を預ける者や関わる人へ細やかに便りを送る——その一手間に、日頃の心配りの深さが表れる、という観察です。葉隠は「枝葉の小さなことにこそ振る舞いの善し悪しが出る」とも説いており、これもその一例です。現代でも、移動中や多忙な折にふと入れる一報や気づかいの連絡が、相手に安心と信頼を与えます。小さな気配りの積み重ねが、人の格を分けるのだと教えてくれます。
この章句が説くこと
気配り心の行き届き便り細やかさ枝葉に表れる人柄信頼
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