葉隠 / 聞書第一
書物を讀むには腹にて讀みたるがよし。口にて讀めば聲が續かずと、式部に指南なり。
新字:書物を読むには腹にて読みたるがよし。口にて読めば声が続かずと、式部に指南なり。
書き下し
書物を読むには腹にて読みたるがよし。口にて読めば声が続かずと、式部に指南なり。
現代語訳
書物を読むときは、腹で読むのがよい。口で(声に出して)読むと声が続かない、と式部という人に教えたという。
解説
書物は腹で読むのがよい、声に出して読むと声が続かない、と式部という人に教えたという短い一条です。「腹で読む」とは、単に音読の技術というより、うわべの声ではなく体の深いところ、腹の底で受け止めて読むことを指すと考えられます。葉隠には、事に臨むとき胸や腹が据わっていることを重んじる発想が一貫しており、読書もまた同じ構えで向かうべきだという含みが読み取れます。現代でも、情報を目で流し読むのと、腰を据えて自分のものとして読むのとでは定着が違います。長続きし、身につく学びとは何かを、呼吸の比喩で示した一節と言えるでしょう。
この章句が説くこと
読書腹で読む丹田学びの姿勢定着腰を据える
関連する章句
-
葉隠・聞書第一功(こう)になる話を聞く人さへなし。まして修行する人はなし。此の前より方々(ほうぼう)にて数人出会ひ申し候に、皆加減(かげん)して話し申し候。一ぱいを話し候はば、きらし申さるべく候。
-
葉隠・聞書第一人中(ひとなか)にて欠伸(あくび)仕り候事、不嗜(ぶたしなみ)なる事にて候。不図(ふと)欠伸出で候時は、額(ひたい)撫(な)で上げ候えば止(や)み申し候。さなくば舌にて唇(くちびる)をねぶり口を開かず、又襟(えり)の内袖(うちそで)をかけ、手を当てなどして知れぬ様に仕るべき事に候。くさめも同然にて候。阿呆気(あほうげ)に見え候。この外にも心を附け嗜(たしな)むべき事なり。
-
葉隠・聞書第一海音(かいおん)和尚の前にて、草紙(そうし)を御読み候が、「小物(こもの)ども小僧達(こぞうたち)、皆参りて聞かれ候え、聞き手が少なければ読みにくし」と御申し候。和尚感心し、小僧どもに、「何事もあの気(き)ぞ」と申し候なり。
-
葉隠・聞書第一風体(ふうてい)の修行は、不断(ふだん)鏡を見て直したるがよし。これは秘蔵(ひぞう)の事なり。諸人(しょにん)鏡をよく見ぬゆえ、風体わろし。口上(こうじょう)の稽古は宿元(やどもと)にての物言いにて直す事なり。文段(ぶんだん)の修行は一行(いちぎょう)の手紙も案文(あんもん)する迄なり。右いずれも閑(しず)かに強みあるがよきなり。又手紙は向様(むこうさま)にて掛物(かけもの)になると思えと、梁山(りょうざん)上方(かみがた)にて承り候由。
-
葉隠・聞書第一短気にしてはならぬ事ともあり。庵替(いおりがえ)の事、口達(くだつ)。よき時節が出来(しゅったい)するものなり。この様なる事は堪忍が第一なり。ここぞと思う時は、手早くたるみなき様にしたるがよきこともあり。案じ廻(まわ)って、ぐどつきて仕損ずることあり。また初めより一途(いちず)に踏み破ってよきこともあり。愛想も尽き興も覚むる様にして、かえってよきことがあるなり。かような時は、別けて、とかく気をぬかさず、胸据(すわ)るが肝要なり。
-
葉隠・聞書第一内(うち)にても外(そと)にても膝を崩したる事なし。物をいはず、言はで叶はざる事は、十言(じゅうごん)を一言(いちごん)で済ます様にと心掛けしなり。山崎蔵人(やまざきくらんど)など斯くの如きなり。