葉隠 / 聞書第一
人中にて欠伸仕り候事、不嗜なる事にて候。不圖欠伸出で候時は、額撫で上げ候へば止み申し候。さなくば舌にて唇をねぶり口を開かず、又襟の內袖をかけ、手を當てなどして知れぬ樣に仕るべき事に候。くさめも同然にて候。阿呆氣に見え候。此の外にも心を附け嗜むべき事なり。
新字:人中にて欠伸仕り候事、不嗜なる事にて候。不図欠伸出で候時は、額撫で上げ候へば止み申し候。さなくば舌にて唇をねぶり口を開かず、又襟の内袖をかけ、手を当てなどして知れぬ様に仕るべき事に候。くさめも同然にて候。阿呆気に見え候。此の外にも心を附け嗜むべき事なり。
書き下し
人中(ひとなか)にて欠伸(あくび)仕り候事、不嗜(ぶたしなみ)なる事にて候。不図(ふと)欠伸出で候時は、額(ひたい)撫(な)で上げ候えば止(や)み申し候。さなくば舌にて唇(くちびる)をねぶり口を開かず、又襟(えり)の内袖(うちそで)をかけ、手を当てなどして知れぬ様に仕るべき事に候。くさめも同然にて候。阿呆気(あほうげ)に見え候。この外にも心を附け嗜(たしな)むべき事なり。
現代語訳
人前で欠伸をするのは、たしなみのないことである。ふと欠伸が出そうになったときは、額を撫で上げれば止まる。それでも止まらなければ、舌で唇をなめて口を開かず、また襟や袖で隠し、手を当てるなどして人に悟られぬようにすべきである。くしゃみも同じである。人前でそうした締まりのない様子を見せるのは、間の抜けた顔に見える。この他にも、気を配ってたしなむべきことがある。
解説
人前での欠伸やくしゃみという、ごく些細な所作への心配りを説いた一条です。額を撫で上げる、舌で唇をなめて口を開かない、袖や手で隠す――と、具体的な作法まで挙げているのがユニークです。武士道というと死や忠義の大義ばかりが語られがちですが、葉隠は日常のふるまいの細部にも同じだけの注意を向けます。人前で締まりのない顔を見せるのは、気の緩みが外に漏れることであり、それはいざというときの覚悟の甘さにも通じる、という感覚です。現代のビジネスマナーや身だしなみの心得にも重なります。大きな覚悟は、こうした小さな自己管理の積み重ねの上にしか宿らない。細部を疎かにしない緊張感こそが品格をつくる、と教える身近な一条です。
この章句が説くこと
たしなみ所作身だしなみ気の緩み細部自己管理
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