葉隠 / 聞書第一
短氣にしてはならぬ事ともあり。庵替の事、口達。よき時節が出來するものなり。此の樣なる事は堪忍が第一なり。爰ぞと思ふ時は、手早くたるみなき様にしたるがよきこともあり。案じ廻つて、ぐどつきて仕損ずることあり。又初めより一途に踏破つてよきこともあり。愛想も盡き興も覺むる様にして却つてよきことがあるなり。斯樣なる時は、別けて、兎角氣をぬかさず、胸据わるが肝要なり。
新字:短気にしてはならぬ事ともあり。庵替の事、口達。よき時節が出来するものなり。此の様なる事は堪忍が第一なり。爰ぞと思ふ時は、手早くたるみなき様にしたるがよきこともあり。案じ廻つて、ぐどつきて仕損ずることあり。又初めより一途に踏破つてよきこともあり。愛想も尽き興も覚むる様にして却つてよきことがあるなり。斯様なる時は、別けて、兎角気をぬかさず、胸据わるが肝要なり。
書き下し
短気にしてはならぬ事ともあり。庵替(いおりがえ)の事、口達(くだつ)。よき時節が出来(しゅったい)するものなり。この様なる事は堪忍が第一なり。ここぞと思う時は、手早くたるみなき様にしたるがよきこともあり。案じ廻(まわ)って、ぐどつきて仕損ずることあり。また初めより一途(いちず)に踏み破ってよきこともあり。愛想も尽き興も覚むる様にして、かえってよきことがあるなり。かような時は、別けて、とかく気をぬかさず、胸据(すわ)るが肝要なり。
現代語訳
短気を起こしてはならない事柄もある。(庵を替える件については口頭で伝える。)待っていれば、よい時機が自然に巡ってくるものだ。こういうことは堪忍が第一である。一方で、「ここぞ」と思うときには、手早くたるみなく事を運んだほうがよい場合もある。あれこれ思い巡らしてぐずぐずしていると、かえって仕損じることがある。また、最初から一途に押し通してうまくいくこともある。(相手の)愛想が尽き興も冷めるほど押し切って、かえって好結果になることもある。こうしたときには、とりわけ気を抜かず、肝を据えることが肝心である。
解説
この章句が説くこと
関連する章句
-
『韓非子』存韓第二邊鄙殘われ、國固守して、鼓鐸の聲、耳に盈ちて、而して乃ち臣斯の計を用いんとするも晩からん。
-
『春秋左氏伝』隠公元年 厚ければ将に崩れん既にして大叔、西鄙・北鄙に命じて己に貳せしむ。公子呂曰く、「國は貳に堪へず、君將に之を若何せんとする。大叔に與へんと欲せば、臣請ふ之に事へん。若し與へずんば、則ち請ふ之を除かん。民の心を生ずること無かれ」と。公曰く、「庸ゐること無し、將に自ら及ばんとす」と。大叔又貳を收めて以って己が邑と為し、廩延に至る。子封曰く、「可なり。厚くして將に眾を得んとす」と。公曰く、「義ならず、暱まず、厚くとも將に崩れんとす」と。大叔完め聚め、甲兵を繕ひ、卒乘を具へ、將に鄭を襲はんとす。夫人將に之を啟かんとす。公其の期を聞きて曰く、「可なり」と。子封に命じて車二百乘を帥ゐて以って京を伐たしむ。京大叔段に叛く。段鄢に入る。公諸を鄢に伐つ。五月辛丑、大叔出でて共に奔る。書に曰く、「鄭伯段に鄢に克つ」と。段弟たらず、故に弟と言はず。二君の如し、故に克つと曰ふ。鄭伯と稱するは、教へを失ふを譏るなり。之を鄭の志と謂ふ。出奔と言はざるは、之を難ずるなり。遂に姜氏を城潁に寘きて、之に誓ひて曰く、「黃泉に及ばずんば、相見ること無からん」と。既にして之を悔ゆ。
-
『智囊』迎刃・張濬叛将范瓊は兵を擁して上流に拠り、之を召せども来たらず、来たれども又た兵を釈くことを肯んぜず、中外洶洶たり。張忠献は劉子羽と密かに謀りて之を誅さんとす。一日、張俊を遣わして千人を以て江を渡らしむること、他盗を捕らうるが若し。因りて瓊を召し、俊及び劉光世は都堂に詣りて事を計り、為に飲食を設く。食らい已りて相顧み、未だ発せず。子羽は廡下に坐し、瓊の覚りて事中ごろに変ぜんことを恐れ、遽かに黄紙を取り、之を執りて趨り前み、挙げて以て瓊に麾して曰く、「下れ。敕有り、将軍は大理に詣りて対を置くべし」と。瓊は愕きて為す所を知らず。子羽は左右を顧み、擁して輿中に置き、俊の兵を以て衛送して獄に下す。光世をして出でて其の衆を撫でしめ、且つ曰く、「誅する所は止だ瓊のみ。汝らは固より天子の自ら将いる兵なり」と。衆は皆な刀を投じて曰く、「諾」と。悉く麾して他の軍に隷し、頃刻にして定まる。瓊は誅に伏す。
-
葉隠・聞書第一大事の場を人に談合しては、無二無三(むにむさん)に踏み破りて、仕(し)てのかねば、埒(らち)明かぬものなり。兎角(とかく)気違いと極めて、身を捨つるに片附くれば済むなり。此の節、よく仕ようと思えば、早(はや)迷いが出来て、多分仕損ずるなり。多くは味方の人の、此方(こなた)の為を思ふ人より転ぜられ、引きくさかるゝ事あり。出家願(しゅっけねがい)の時の様なる事に候。
-
葉隠・聞書第一決定(けつじょう)覚悟薄き時は、人に転(てん)ぜらるる事有り。又集会話(しゅうえばなし)の時分、気ぬけて居る故に、我が覚悟ならぬ事を、人の申し懸け話などするに、うかと移りて、それと同意に心得、挨拶も「いかにも」と云う事有り。脇より見れば、同意の人の様に思わるるなり。それに付、人に出会いて、片時(かたとき)も片時も気の脱けぬ様に有るべき事なり。その上、話し又は物を申し掛けられならば、その趣(おもむき)申すべしと思いて取り合うべし。差し立てたる事にてなくても、少しの事に違却(いきゃく)出來(いでく)るものなり。心を付くべし。又予(かね)ていかがと思う人には馴れ寄らぬがよし。何としても転ぜられ、引き入れらるるものなり。愛(あい)の憾(うら)みに成る事は、功を積まねばならぬ事なり。
-
葉隠・聞書第一古人の詞(ことば)に、七息思案(しちそくしあん)と云ふとあり。隆信公(たかのぶこう)は、「分別も久しくすればねばまる。」と仰せられ候。直茂公(なおしげこう)は、「万事(ばんじ)しだるきこと十に七つ悪し。武士は物事(ものごと)手取早(てとりばや)にするものぞ。」と仰せられ候由。心気(しんき)ろくろくとしたるときは、分別も埒(らち)明かず。なづみなく、さわやかに、りんとしたる気にては、七息に分別すむものなり。胸すわりて、突つ切れたる気の位(くらい)なり。

人生を、一行の式にしてみた。
志×積×時×憤÷(1+執)+命。古典から導いた式『人生の方程式』と、二十四の悩みに古典が答える『人生の教科書』(PDF)、師導の全機能1か月がセットで700円です。
本の中身を見る