葉隠 / 聞書第一
風體の修行は、不斷鏡を見て直したるがよし。これは秘藏の事なり。諸人鏡をよく見ぬゆゑ、風體わろし。口上の稽古は宿元にての物言にて直す事なり。文段の修行は一行の手紙も案文する迄なり。右いづれも閑かに強みあるがよきなり。又手紙は向樣にて掛物になると思へと、梁山上方にて承り候由。
新字:風体の修行は、不断鏡を見て直したるがよし。これは秘蔵の事なり。諸人鏡をよく見ぬゆゑ、風体わろし。口上の稽古は宿元にての物言にて直す事なり。文段の修行は一行の手紙も案文する迄なり。右いづれも閑かに強みあるがよきなり。又手紙は向様にて掛物になると思へと、梁山上方にて承り候由。
書き下し
風体(ふうてい)の修行は、不断(ふだん)鏡を見て直したるがよし。これは秘蔵(ひぞう)の事なり。諸人(しょにん)鏡をよく見ぬゆえ、風体わろし。口上(こうじょう)の稽古は宿元(やどもと)にての物言いにて直す事なり。文段(ぶんだん)の修行は一行(いちぎょう)の手紙も案文(あんもん)する迄なり。右いずれも閑(しず)かに強みあるがよきなり。又手紙は向様(むこうさま)にて掛物(かけもの)になると思えと、梁山(りょうざん)上方(かみがた)にて承り候由。
現代語訳
身なりや立ち居振る舞いの修練は、日頃から鏡を見て直すのがよい。これは秘伝と言えることだ。多くの人は鏡をよく見ないので、風采がよくない。口上(口のきき方)の稽古は、自宅での日常の物言いのうちに直すものである。文章の修練は、一行ほどの短い手紙でも下書きを練ることである。以上いずれも、静かでありながら強みがあるのがよい。また手紙は、相手方でそのまま掛け軸になる(人目にさらされ残る)と思って書け、と梁山が上方で聞いてきたそうである。
解説
見た目、話し方、文章という日常の振る舞いを、地道な稽古で磨けと説いた実践的な一節です。身なりは毎日鏡で直し、口のきき方は家での普段の言葉づかいのうちに正し、文章はたった一行の手紙でも下書きを練る。どれも派手さはないが、静かでありながら芯の強さを感じさせるのがよい、とされます。とりわけ手紙は「相手の家で掛け軸になると思って書け」という言葉が印象的で、自分の残す言葉が人目にさらされ、人物を映すという緊張感を教えます。『葉隠』は覚悟の書であると同時に、こうした日々の所作の作法も細やかに説きます。現代でも、身だしなみ、話し方、書く文章は、いずれもその人の印象を形づくります。当たり前の場面こそ手を抜かず整える、という普遍の心得です。
この章句が説くこと
日々の所作身だしなみ話し方の稽古文章を練る鏡で自分を正す静かな強さ
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