葉隠 / 聞書第一
上方にて易者申し候は、御出家方にても、四十より内の立身無用にて候。誤り有るものにて候。四十にして惑はずと云ふは、孔子の上ばかりにてはなし。賢愚共に四十になれば、たけ〳〵相應に功の入りて惑はぬものとなり。
新字:上方にて易者申し候は、御出家方にても、四十より内の立身無用にて候。誤り有るものにて候。四十にして惑はずと云ふは、孔子の上ばかりにてはなし。賢愚共に四十になれば、たけ〳〵相応に功の入りて惑はぬものとなり。
書き下し
上方(かみがた)にて易者(えきしゃ)申し候は、御出家方(ごしゅっけがた)にても、四十より内の立身(りっしん)無用にて候。誤り有るものにて候。四十にして惑はずと云ふは、孔子の上ばかりにてはなし。賢愚(けんぐ)共に四十になれば、たけたけ相応に功(こう)の入りて惑はぬものとなり。
現代語訳
上方である易者が言うには、出家した僧であっても、四十より前の立身は無用だ、過ちがあるものだ、という。「四十にして惑わず」というのは、孔子ほどの人に限った話ではない。賢い者も愚かな者も、ともに四十になれば、それぞれの器量に応じて経験の功が積もり、迷わなくなるものだ、というのである。
解説
年齢を重ねて熟すことの意味を説いた一節です。ある易者の言を引き、僧でも四十前の出世は早計で過ちを招くと述べます。そして『論語』の「四十にして惑わず」を、孔子のような聖人だけの話ではなく、賢愚を問わず誰でも四十になれば器量相応に経験が積もり、迷いが減るのだと解きます。若さの勢いより、時間をかけて蓄えた分別を重んじる価値観です。前の条(一五六)の「大器晩成」とも響き合います。現代は年齢の意味が当時と異なりますが、経験の積み重ねが判断のぶれを減らすという指摘は、キャリアを長い目で捉えるうえで示唆に富むでしょう。
この章句が説くこと
年齢と成熟四十にして惑わず経験の蓄積分別晩成焦らない立身