葉隠 / 聞書第一
枝葉の事に結句大事はあるなり。少しの事に、振りのよしあしなるなり。本筋をさへ立ててはづさぬ様にすれば、枝葉の内には、飛手をも案外の事をもして苦しからざるなり。
書き下し
枝葉(しよう)の事に結句(けっく)大事はあるなり。少しの事に、振りのよしあしなるなり。本筋(ほんすじ)をさへ立ててはづさぬ様にすれば、枝葉の内には、飛手(とびて)をも案外(あんがい)の事をもして苦しからざるなり。
現代語訳
枝葉末節のことにこそ、かえって大事な点はあるものだ。ちょっとした所作に、その人の品格の良し悪しが表れる。だが本筋さえきちんと立てて外さないようにしておけば、枝葉の細かいところでは、思い切った手や意外なことをしても差し支えないのである。
解説
細部と本筋の両方を大切にする心得を説いた一節です。ささいな枝葉のことにこそ大事な点があり、小さな所作にその人の品格が表れると言います。一方で、本筋さえしっかり押さえて外さなければ、枝葉の細部では思い切った工夫や意外な手を打っても構わないとも述べます。つまり、細部の良し悪しに気を配りつつ、幹となる核心を外さなければ、応用や遊びの余地は広い、というバランスの取れた見方です。現代の仕事でも、細部の丁寧さは信頼を左右しますが、そこにとらわれ過ぎず、本筋を守ったうえで柔軟に工夫することが、質と自由の両立につながるでしょう。
この章句が説くこと
細部への配慮本筋を外さない品格は所作に出る応用の自由バランス核心を守る
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