葉隠 / 聞書第一
一門同組に介錯・捕物などと武士道にかかりたる事ある時、我に續く者なきやうに、平生覺悟して置けば、自然の時、人の目にもかかるものなり。常に、武勇の人に乘越えんと心掛け、何某に劣るまじと思ひて、勇氣を修すべきなり。
新字:一門同組に介錯・捕物などと武士道にかかりたる事ある時、我に続く者なきやうに、平生覺悟して置けば、自然の時、人の目にもかかるものなり。常に、武勇の人に乗越えんと心掛け、何某に劣るまじと思ひて、勇気を修すべきなり。
書き下し
一門同組(いちもんどうぐみ)に介錯(かいしゃく)・捕物(とりもの)などと武士道にかかりたる事ある時、我に続く者なきやうに、平生(へいぜい)覚悟して置けば、自然(しぜん)の時、人の目にもかかるものなり。常に、武勇の人に乗り越えんと心掛け、何某(なにがし)に劣るまじと思ひて、勇気を修すべきなり。
現代語訳
一族や同じ組の中で、介錯や捕物など武士の本分にかかわる出来事が起きたとき、自分に続ける者がいない(=自分が真っ先に立つ)ように、平素から覚悟を決めておけば、いざというときに人の目にもとまるものだ。常に、武勇にすぐれた人を追い越そうと心がけ、あの人に負けまいと思って、勇気を修練しておくべきである。
解説
いざというときの働きは日頃の備えで決まる、と説いた一節です。介錯や捕物といった一大事が起きたとき、真っ先に自分が立てるよう普段から覚悟しておけば、肝心の場面で自然と抜きんでて見えるものだと言います。そのために、常日頃から武勇の優れた人を追い越そう、あの人に負けまいと張り合って勇気を鍛えよ、と勧めます。本番に強い人は、平時から高い基準で自分を磨いているという考え方です。現代でも、危機や好機はいつ来るか分かりません。日頃から少し上の目標を意識して力を蓄えておくことが、いざという場面での差になるでしょう。
この章句が説くこと
日頃の備え覚悟向上心負けまいと思う勇気を鍛える有事に立つ
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