葉隠 / 聞書第一
物が二つになるが惡しきなり。武士道一つにて、他に求むることあるべからず。道の字は同じ事なり。然るに、儒道佛道を聞きて武士道などと云ふは、道に叶はぬところなり。斯くの如く心得て諸道を聞きて、いよ〳〵道に叶ふべし。
新字:物が二つになるが悪しきなり。武士道一つにて、他に求むることあるべからず。道の字は同じ事なり。然るに、儒道仏道を聞きて武士道などと云ふは、道に叶はぬところなり。斯くの如く心得て諸道を聞きて、いよ〳〵道に叶ふべし。
書き下し
物(もの)が二(ふた)つになるが悪(あ)しきなり。武士道(ぶしどう)一(ひと)つにて、他(ほか)に求(もと)むることあるべからず。道(みち)の字(じ)は同(おな)じことなり。しかるに、儒道(じゅどう)仏道(ぶつどう)を聞(き)きて武士道(ぶしどう)などというは、道(みち)に叶(かな)わぬところなり。かくのごとく心得(こころえ)て諸道(しょどう)を聞(き)きて、いよいよ道(みち)に叶(かな)うべし。
現代語訳
心が二つに分かれるのが良くない。武士道はただ一つで、他に求めてはならない。「道」という字は、どの道も同じものだ。それなのに、儒教の道や仏教の道を聞いて、それと並べて武士道などと言い立てるのは、かえって道にかなわないところだ。すべては一つと心得たうえで諸々の教えを聞けば、いよいよ道にかなうのである。
解説
心が二つに分かれるのが良くない、武士道はただ一つで、他に求めてはならない、と説く一節です。ただし「道」という字はどれも同じもので、儒教や仏教を学び、それを武士道と並べて比べるところに、かえって道を外す落とし穴がある、と言います。すべては一つと心得たうえで諸々の教えを聞けば、いよいよ道にかなう、と。背景には、あれこれに気を散らさず一事に徹する『葉隠』の一元的な思想があります。現代でも、軸が二つ三つに割れると力は分散します。多くを学ぶこと自体は良いが、それを寄せ集めて比べるのではなく、一つの軸に統合できるか。ぶれない一本の芯を持つ大切さと読めるでしょう。
この章句が説くこと
一元性ぶれない軸一事に徹する諸道は一つ集中武士道
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