葉隠 / 聞書第一
神文に深き祕事これ有り候なり。
新字:神文に深き秘事これ有り候なり。
書き下し
神文(しんもん)に深(ふか)き秘事(ひじ)これありそうろうなり。
現代語訳
神前に誓う起請文(神文)には、深い秘事があるものだ。
解説
神前に誓う起請文(神文)には、深い秘事があるものだ、とだけ記す短い一節です。起請文とは、神仏に誓って約束や忠誠を書き記した文書で、破れば神罰を受けるとされました。ここで「深い秘事」が何を指すかは明かされておらず、口伝で受け継がれる領域だと示唆されています。背景には、誓いを言葉にして神仏に捧げる行為そのものに、単なる約束以上の重みと覚悟を見る感覚があります。現代の私たちにとっても、口約束と、あらためて誓い書き記すことの間には、心構えの差があります。言葉にして誓うことが人の覚悟を固める、という点に、この一節の含みを読めるでしょう。
この章句が説くこと
誓い起請文覚悟秘事言葉の重み口伝
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