葉隠 / 聞書第一
病氣などは氣持から重くなるものなり。我は老後に御用に立つべしとの大願ありしゆゑ、親七十歳の子にて、影ぼしの様にありしかども、姪事を愼み、灸治も間もなく致し候なり。これにて慥に覺えあり。我大願有り、七生迄も御家の士に生れ出で〳〵本望を遂ぐべしと、しかと思込み候なり。
新字:病気などは気持から重くなるものなり。我は老後に御用に立つべしとの大願ありしゆゑ、親七十歳の子にて、影ぼしの様にありしかども、姪事を慎み、灸治も間もなく致し候なり。これにて慥に覚えあり。我大願有り、七生迄も御家の士に生れ出で〳〵本望を遂ぐべしと、しかと思込み候なり。
書き下し
病気(びょうき)などは気持(きも)ちから重(おも)くなるものなり。我(われ)は老後(ろうご)に御用(ごよう)に立(た)つべしとの大願(たいがん)ありしゆえ、親(おや)七十歳(しちじゅっさい)の子(こ)にて、影法師(かげぼうし)のようにありしかども、姪事(いんじ)を慎(つつし)み、灸治(きゅうじ)も間(ま)もなくいたし候(そうろう)なり。これにて慥(たし)かに覚(おぼ)えあり。我(われ)大願(たいがん)あり、七生(しちしょう)までも御家(おいえ)の士(し)に生(う)まれ出(い)で出(い)で、本望(ほんもう)を遂(と)ぐべしと、しかと思(おも)い込(こ)み候(そうろう)なり。
現代語訳
病気などは、気の持ちようから重くなるものだ。私は老後にこそ御用に立とうという大願があったので、七十歳の親の子として(生まれ)、影法師のようにか弱くあったけれども、身を慎み、灸治療も絶やさず続けてきた。これで確かな手ごたえがある。私には大願があり、七度生まれ変わってでもこの御家の武士として生まれ出て、本望を遂げようと、しっかりと思い込んでいるのだ。
解説
病は気の持ちようから重くなる、と説き起こす一節です。著者(山本常朝)は、老後にこそ御用に立とうという大願を抱いていたため、七十歳の親から生まれた虚弱な身でありながら、身を慎み灸治療を絶やさず体を保った、と自らの経験を語ります。そして七度生まれ変わってでもこの御家の武士として本望を遂げる、と強く念じています。背景には楠木正成の「七生報国」の志が重なります。強い願いと目的意識が心身を支え、寿命さえ左右するという確信です。現代でも、果たしたい志があるかどうかが、日々の節制や粘り強さを大きく変えるでしょう。
この章句が説くこと
志と健康大願目的意識七生報国節制気の持ちよう
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