葉隠 / 聞書第一
志田吉之助が言葉の裏「殘らぬ場ならば生きたがまし」と申し候は、裏を云ひたるものなり。この中も承り候。この度の御話此くの如し。志田吉之助が、「生きても行かうか行くまいかと思ふ所へは、行かぬがよし。」と、この追加に、「喰はうか喰ふまいかと思ふ物は、喰はぬがよし、死なうか死ぬまいかと思ふ時は、死んだがよし。」
新字:志田吉之助が言葉の裏「残らぬ場ならば生きたがまし」と申し候は、裏を云ひたるものなり。この中も承り候。この度の御話此くの如し。志田吉之助が、「生きても行かうか行くまいかと思ふ所へは、行かぬがよし。」と、この追加に、「喰はうか喰ふまいかと思ふ物は、喰はぬがよし、死なうか死ぬまいかと思ふ時は、死んだがよし。」
書き下し
志田吉之助(しだきちのすけ)が言葉の裏「残らぬ場ならば生きたがまし」と申し候は、裏を云ひたるものなり。この中(うち)も承り候。この度の御話(おはなし)此(か)くの如し。志田吉之助が、「生きても行かうか行くまいかと思ふ所へは、行かぬがよし。」と、この追加に、「喰はうか喰ふまいかと思ふ物は、喰はぬがよし、死なうか死ぬまいかと思ふ時は、死んだがよし。」
現代語訳
志田吉之助の「(死んでも)何も残らない場面なら、生きていた方がましだ」という言葉は、わざと裏を言ったものである。これも以前に聞いた。今回の話も同じ趣旨だ。志田吉之助が「行こうか行くまいかと迷う所へは、行かない方がよい」と言い、これに続けて「食おうか食うまいか迷うものは食わない方がよい、死のうか死ぬまいか迷う時は死んだ方がよい」と言った。
解説
迷いが生じたときの身の処し方を、逆説的な言い回しで説いた一節です。志田吉之助の「生きたがまし」という言葉は額面どおりではなく、裏を突いた戒めだと注意を促しています。要点は後半にあり、行くか迷う場には行かない、食うか迷うものは食わない――つまり判断に迷いが差した時点で、その心の濁りを信号として退く、という日常の心得を示します。ところが「死ぬか生きるか迷う時は死んだ方がよい」だけは逆で、武士は保身の迷いに流されず覚悟を優先せよ、という『葉隠』らしい峻厳さを突きつけます。現代の私たちには、迷いを感じたら一歩引くという前半の知恵の方が実用的でしょう。後半は当時の武士の死生観を映すものとして、そのまま行動規範にするのではなく背景ごと理解したい箇所です。
この章句が説くこと
迷い逆説覚悟身の処し方直感戒め
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