葉隠 / 聞書第一
直茂公壁書「大事の思案は輕く」とは平素思案を定め置く事
書き下し
直茂公(なおしげこう)壁書(かべがき)「大事(だいじ)の思案(しあん)は軽(かる)く」とは、平素(へいそ)思案を定め置く事。
現代語訳
直茂公(鍋島直茂)の壁書にある「大事の思案は軽く」とは、大事に臨んで軽々と決断できるよう、普段から考えを定めておくことである。
解説
鍋島直茂の壁書「大事の思案は軽く」を解く一条ですが、本文は途中で途切れています。「大事の思案は軽く」とは、重大な場面ほど、その場でうろたえずに軽やかに決断せよ、という教えです。ただしそれは軽率さではなく、普段から繰り返し考え、覚悟や判断の基準を定めておくからこそ、いざというとき迷わず動ける、という意味です。日頃の備えが、本番での軽やかさを生むのです。現代でも、重要な決断ほど平時の準備が物を言います。あらかじめ想定を重ね、判断の軸を決めておけば、危機の瞬間に落ち着いて手早く動ける。この一条は『葉隠』が繰り返す「前方の覚悟(事前の準備)」の思想とも重なります。
この章句が説くこと
大事の思案は軽く事前の備え覚悟決断力平時の準備迷わない
関連する章句
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葉隠・聞書第一打返しは踏懸けて切殺さるゝ迄、赤穗義士の敵討は延びゝ。打返しの仕樣は、踏懸けて切殺さるゝ迄なり。これにて恥にならぬなり。仕果すべしと思ふ故、間に合はず。向は大勢などと云ひて時を移し、しまり止めになる相談に極まるなり。相手何千人もあれ、片端より撫切と思ひ定めて、立向ふ迄にて成就なり。多分仕濟ますものなり。又淺野殿浪人夜討も、泉岳寺にて腹切らぬが落度なり。又主を討たせて、敵を討つ事延びゝなり。若し、その内に吉良殿病死の時は殘念千萬なり。上方衆は智慧かしこき故、褒めらるゝ仕樣は上手なれども、長崎喧嘩の樣に無分別にする事はならぬなり。又曾我殿夜討も殊の外の延引。幕の紋見物の時、祐成圖をはづしたり。不運の事なり。五郎申樣見事なり。總じて斯樣の批判はせぬものなれども、これも武道の吟味なれば申すなり。前方に吟味して置かねば、行當りて分別出來合はぬ故、大かた恥になり候。話を聞覺え、物の本を見るも、かねての覺悟のためなり。就中、武道は今日の事も知らずと思ひて、日々夜々に簡條を立てゝ吟味すべき事なり。時の行掛りにて勝負はあるべし。恥をかゝぬ仕樣は別なり。死ぬ迄なり。これには智慧も業も入らぬなり。死ぬ迄といふは勝負を考へず、無二無三に死狂ひするばかりなり。これにて夢覺むるなり。
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